第三章:キルボックス・ヒル/08

「うわあぁぁぁぁぁ――――っ!!」

 久城憐の必死な叫び声とともに木霊するのは、三五七マグナムの重い銃声。

 伏兵に気付いた憐が、隠し持っていたキンバー・K6Sのリヴォルヴァー拳銃を抜き、レイラを助けようとして撃ったのだ。

「あああああああ――――っ!!」

 叫びながら、憐は何度も何度も引鉄を引く。

 その度にシリンダー弾倉が回転し、銃声が轟くこと六度。そんな銃声が六度響けば、彼が左手で握り締めていたK6Sは弾切れを起こしたが……憐はそんなことにも気付かぬまま、撃鉄が空を切っても尚、何度も何度も引鉄を引き続けている。

 当然、憐が構えたK6Sの睨む銃口の先で――レイラを狙っていた伏兵は、既に事切れていた。

「っ……!? 憐、貴方なんてことをっ!?」

 隠し持っていた銃を抜き、ブッ放した憐。

 そんな彼にレイラは血相を変えて近づくと、彼の手から弾切れの拳銃を取り上げる。

「よ、良かった……レイラが無事で……」

 すると、憐はレイラが無事に立っているのを見て、青白い顔で彼女に微笑みかける。

「貴方、自分が一体何をしたか分かっているの!?」

「だって、レイラが危なかったから。だから……ほら、僕が――――っ!?」

 かなりの剣幕で詰め寄るレイラに、憐は青白い顔のまま、ホッとした顔で微笑み返し――――そうした直後、自分が撃ち抜いた遺体を目にしてしまった。

 血の滲む目出し帽バラクラバの隙間から垣間見える、光のない遺体の双眸と目が合った。

 それを目にした瞬間――遺体と目が合った瞬間、憐は自分が彼を手に掛けたのだと認識し。自分の手で一人の人間を殺してしまったのだと漸く理解すれば、腹の底から迫ってくる吐き気を抑え切れずに……その場で、吐き戻してしまっていた。

「…………馬鹿。私には分かってたのよ。貴方に助けられるまでもなく……返り討ちにするはずだった。なのに、貴方は」

 膝を降り、四つん這いになりながら胃の中身を全て吐き出す憐。

 嘔吐するそんな彼の背中をさすりながら、レイラは申し訳なさそうな顔で言っていた。

 ――――彼に撃たせてしまったのは、他ならぬ自分自身の甘さだ。

 あそこで、妙に慈悲なんてかけてやる必要なんてなかったのだ。それなのに、自分は敵に対して要らぬ慈悲をかけて……そのせいで、憐に撃たせてしまった。

 彼には、彼にだけは撃たせたくなかったのに。それなのに撃たせてしまった。憐の手を……汚させてしまった。

 こんなの、明らかに自分の判断ミスだ。

 敵に対して妙な慈悲をかけてしまったせいで、彼に撃たせてしまった。どう考えても……自分の判断ミスだ、こんなの。

 だからレイラは、憐に対して心の底からの申し訳なさを感じていた。

 憐は顔を上げると、そんなレイラに向かってまた青白い顔で微笑みながら、気丈に振る舞うみたく彼女にこう言った。

「……覚悟はしていたつもりですけれど、実際やってみると……こう、キツいものがありますね…………」

「貴方に撃たせたくはなかった。それなのに……ごめんなさい。私のミスだわ」

「レイラのせいじゃ、ありませんよ」

 詫びるレイラに憐は微笑みながらそう言って、

「僕の方こそ、余計な真似をしてしまって……ごめんなさい」

 と、逆に彼の方がレイラに詫びてきた。

 そうすれば、レイラは「……馬鹿」と呟きながら彼を抱き締め。憐の頭をそっと撫でながら、彼にこう囁く。

「いいの、貴方のせいじゃない。貴方はただ、私を守ろうとしてくれた……そうよね?」

「……はい」

「だったら、謝らなきゃいけないのは私の方よ。そして、お礼を言わなければならないのも私。…………ありがとう、憐。結果的に貴方に助けられてしまったわ」

 言いながら、レイラはもう一度だけ憐を強く抱き締め。そうすれば彼を助け起こしつつ「歩ける?」と問いかける。

 すると憐はそれに、やはり青白い顔で「……はい」と頷いた。

「行きましょう。敵の目は僕が潰しました。今なら……脱出できます」

 続く彼の言葉に、レイラは「ええ」と強く頷き返し。そして彼の瞳を真っ直ぐに見つめながらこう告げた。久城憐の瞳を、自分の金色の瞳で見つめながら。

「大丈夫。――――ここから先、貴方には一発たりとて撃たせはしないわ」

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