第三章:キルボックス・ヒル/06

「レイラ、後ろ!」

「分かってるわ!」

 背後から迫る追っ手と銃火を交わし合いつつ、レイラと憐は非常階段を駆け降りていた。

 さっきのフロアに居た連中がしつこく追ってくるのだ。撃ちまくって牽制してはいるが……こんな非常階段という入り組んだ環境下、中々仕留めづらい。

 それでもレイラは跳弾なんかを使って少しずつ数を削ってはいたが、敵が次から次へと湧いてくるのだ。これでは幾ら撃ってもキリがない。

(下からも……来てるみたいね)

 そうして交戦しつつ階段を降りる中、レイラは階下からも何者かが急速に迫ってくる気配を察知する。

 敵の数は……足音や気配の数からして、こちらも十数人規模か。流石にこんな閉所で相手にすべき数ではない。自分一人ならさておき、憐を守りながらという状況下では。

「憐、こっち!」

「わっ!?」

 咄嗟にそう判断したレイラは憐の手を掴むと、扉を開けて手近なフロアに飛び込んだ。

 分厚い鉄扉を足で蹴って閉めつつ、周囲を警戒するレイラ。

 どうやら二人が転がり込んだこのフロア、高層ビジネス棟のメインたるビジネスフロアらしい。階層は……十三階。

 あちこちにオフィスがある関係でかなり入り組んだ作りのフロアだ。此処ならば敵を煙に撒ける。

 そう考えたレイラは憐とともに走り出し、追っ手を撒こうとしたが……。

「またなの!?」

「レイラ、あっちからも来てる!」

「分かってるわ! 貴方は伏せていなさいっ!!」

 しかし、どれだけ走っても走っても、敵が次から次へとレイラたちの行く手に回り込んでは、先回りを仕掛けてくるのだ。

 そうして待ち構えた敵と遭遇する度に、レイラは憐を庇いつつどうにか退けてはいるが……しかし、こうも先手ばかり打たれるというのも不可解だ。

 仮にもレイラは戦闘のプロフェッショナルで、こういった数的不利な状況下での戦い方も熟知している。ゲリラ戦は超長距離狙撃と同じく、彼女の最も得意とする……いわば十八番おはこなのだ。

 そんな彼女が、こうも先手を打たれ続けている。これは……あまりにも不自然なことだ。

 レイラはそのことに奇妙な違和感を感じつつ、しかしその正体を見破れぬまま、こうして憐とともに逃走を続けていた。

「ここは一旦隠れて、敵をやり過ごすべきね……憐!」

 そうして何度目かという遭遇戦を切り抜けたレイラは、ひとまず一度隠れて敵の目を誤魔化すべきだと判断。憐の手を再び引くと、とりあえず手近なオフィスに転がり込んだ。

 二人が転がり込んだそこは……何というか、普通のオフィスだ。

 事務用のデスクがズラっと並び、壁際には書類整理のキャビネットがあり。業務用のノートPCやらが無数に並んでいる……そんな、ありきたりなオフィスらしい様相。

 そんな中に飛び込んだ二人は、ひとまず適当なデスクの列の裏に身を隠す。

「ま、また来ましたよ……!?」

「どういうこと……!?」

 ――――だが、此処にも敵は真っ直ぐ攻め入ってきた。

 何の迷いもなく、レイラたちの隠れたオフィスへとピンポイントで流れ込んでくる敵の軍勢。まるでこちらの位置が分かっているかのような動きだ。

 そんな敵の不可解な動きを目の当たりにして、レイラは憐とともに目を見開いて驚きつつ、ひとまずF2000を使ってその場で応戦する。

(流石に不自然よ、ここまでこちらの動きが把握されているなんて……!!)

 セレクターをセミオート(単射)に合わせ、流鏑馬やぶさめのように素早く、淀みのない狙い撃ちで立て続けに三人を仕留めながら、レイラが思う。

 そうして撃ちまくりながら、レイラはふとした折に天井に視線を流し――そうした時、オフィスの天井の角に吊るされていた監視カメラと目が合った。

「……そういうことね」

 ぶら下がる監視カメラを目の当たりにした途端、レイラは敵の不可解なまでの正確な追撃、そのカラクリに気が付いたのだ。

 ――――敵は、このタワーの監視システムを使って自分たちの位置を把握している。

 分かってしまえば単純なことだ。このセントラルタワー全域を支配していると思しき連中が相手ならば、容易に想像できたはずのこと。寧ろ、どうして今まで気が付かなかったんだってぐらいに単純な答えだ。

 その答えに辿り着いたレイラは、ぶら下がる監視カメラをF2000で撃ち抜いて破壊しつつ……更なる敵の増援との交戦、その合間に懐からスマートフォンを取り出すと、それを肩で挟みながら左耳に当てる。

 電話を掛ける相手は、当然ながら鏑木だ。

『俺だ、何かあったか?』

「目下交戦中よ。それより……聞いて頂戴。敵はビルの監視カメラを使って私たちの位置を把握しているわ」

『なぁるほど、だから全力で苦戦中ってワケかい』

 色々と察したらしい鏑木に「そういうことよ」とレイラは頷き返し、

「貴方の方からミリィ・レイスに連絡を取って、彼女に監視システムをどうにかして貰えないかしら?」

 と、鏑木に援軍を求めていた。

 ――――ミリィ・レイス。

 レイラが懇意にしている情報屋の名だ。彼女のようなスイーパーに情報提供や、或いは電子戦での支援を買って出る情報戦のプロフェッショナル。ありとあらゆるところにハッキングを仕掛けることが可能な、まさに電子の妖精……ウィザード級の腕前を有したスーパーハッカ―のことだ。

 年齢不詳で出身地も不明、少女のようなあどけない見た目をしているが、その素性は誰も知らない。ミリィ・レイスというのも間違いなく本名ではないだろう。

 レイラは鏑木に対し、そんな彼女とコンタクトを取り……タワーの監視システムにクラッキングを仕掛けるなり何なりして、それを無力化してもらいたいと言っているのだ。

『馬鹿言え、今すぐになんて無理に決まってるだろ!?』

 だが、そんなレイラの願いも空しく、鏑木の答えといえばそんな否定の言葉だった。

『幾ら奴がウィザード級の凄腕だからって、そう易々と出来る話じゃねえよ。それに……丁度さっき調べてたところなんだが、そのビルの監視システムは特殊みたいでな。外部のネットワークとは完全に遮断されたローカルネットワークのみで構築されてるんだ。いわゆるスタンドアローンのシステムってワケだな』

「……だったら、外部からクラッキングを仕掛けるのは物理的に不可能ね」

 悟ったレイラが呟けば、鏑木は『そういうことだ』と頷き肯定する。

 そうすると、レイラは「……マズいわね」と、常に冷静沈着な彼女にしては珍しく、焦りを露わにした呟きを漏らしていた。

「えっと……どういうことなんですか、レイラ?」

 そんな彼女の様子を見ていた憐が、不思議そうにきょとんと首を傾げる。

 するとレイラは彼に対し、敵と応戦する片手間に現状をざっくりとだが説明してやった。

「――――連中、このビルの監視カメラを使って私たちの位置を把握しているの。だからあれだけ回り込まれていたみたいだわ」

「どうにかならないんですか?」

「知り合いのハッカーに頼もうとしたけど、無理。このビルの監視システムはスタンドアローンみたいだから、そもそも外部からは物理的に侵入が出来ないの」

 憐はそんなレイラの説明を聞き、うーん……と何やら唸り始める。

 そうして少し考えた後、憐は手近なデスクの上に手を伸ばし。すると彼は何故か、そこに置いてあったノートPCを手元まで手繰り寄せていた。

「オフィス用のノート……スペックはビジネス用に必要なだけの最低限か。ま……これでも十分かな」

 憐は手繰り寄せたノートPCを膝の上で開き、何やら独り言を呟きながらそれを起動する。

 そんな彼の突然の行動を見て、レイラは「どうする気?」と戸惑いながら彼に問うた。

 すると憐は微笑みながらレイラの顔を見上げ、彼女にこう答えてみせた。

「外部からの接続は無理でも、内部からなら出来ますよね?」

「……まさか、貴方」

「監視システムは僕がどうにかしてみせます。レイラは……少しだけ、時間を稼いでください」

 ――――どうやら憐は、このノートPCを使って自力で監視システムをどうにかしてしまうつもりらしい。

 確かに、彼の頭脳を以てすれば可能かもしれない。だが……本当に出来るのか?

「……出来るの?」

 F2000の空弾倉を投げ捨てながら、戸惑うレイラが傍らに座り込む憐に問いかける。

 すると、憐は自信ありげな顔で隣の彼女に頷き――――微かな笑顔とともに、こう答えた。

「こういうの、趣味ですから」

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