第三章:キルボックス・ヒル/05
傍にあった階段を二人で降り、レイラはひとまず一個下の四五階、高級レストランフロアへとやって来ていた。
先程とは打って変わって、フロア内に
憐を連れて慎重に歩きつつ、フロア内の様子を窺ってみたところ。どうやら人質として捕らえられている客とスタッフの一部が、あるレストランに集められているようだった。
人質たちの周囲には一〇人弱の兵士たちの姿もある。相手に出来ない数ではなかったが……しかし、レイラの目的はあくまで憐を連れてこのタワーから脱出すること。決して人質たちの救出ではない。
故に、気取られていないのにわざわざ相手にする必要もないのだ。
レイラは内心で人質たちに対し、自身の非情な決断を詫びつつ、警戒しながらレストランフロアを通り抜けようとした。
だが――――。
「居たぞ!」
「ターゲットも一緒だ! あっちには傷を付けるな!!」
「……っ!?」
――――だが、何故か敵の方が先にレイラたちの存在に感づき、攻撃を仕掛けてきたのだ。
これにはレイラも驚きを隠せず、ほんの僅かにだが反応が遅れてしまう。ひとまず憐を抱えて飛び退いたが……反撃は出来なかった。
(どうして気付かれたの? 気配は完璧に消していたはず。憐も目立つような物音は出していない……)
ひとまず憐を連れて飛び込んだ、向かい側のレストラン。店内のテーブルを蹴り倒して盾にしながら、その陰に憐とともに隠れつつ……レイラは戸惑っていた。
気取られる要因なんて、何処にもなかったはずだ。気配を消しての隠密行動には慣れているし、憐も別段気付かれるような行動を取っていない。このテの展開にありがちな、誤って物音を立ててしまったとかも無かったのだ。
だったら……何故、気付かれてしまった?
(今は、考えている場合じゃないわね)
戸惑い、疑問に思いつつも。しかし今は応戦する方が優先と判断。レイラは憐を庇いつつテーブルの陰から身を乗り出すと、構えたF2000ライフルで銃撃を開始する。
「わぁぁぁっ!?」
間近でけたたましく響く銃声と、こちらとあちらを行き交う激しい銃火。
彼にとっては初めて身を置く銃撃戦の最中、憐は
(人質が居る以上、手榴弾は使えない……)
だがレイラはそんな彼の叫び声を意図的に無視しつつ、一度身を引っ込めてF2000の弾倉を取り換えつつ、冷静にそう判断する。
本来なら手榴弾を使って一網打尽にしてしまえば解決なのだが、生憎と向こうのレストランには人質たちが居る。幾ら見捨てた相手といえ、流石に手榴弾の巻き添えにしてしまう……という選択肢はレイラにも取れない。
(だとしたら、強行突破するしかないわね)
それしか、方法はない。
幸いにして、レイラは普段の癖というか……スイーパーとしての習慣で、このセントラルタワーの構造はざっくりとだが頭に入れてある。
記憶が確かなら、このレストランの傍に非常階段へと続く扉があったはずだ。そこから非常階段に行って、一気に地下駐車場まで駆け下りる。そこまで行ったらさっき拝借したベンツのキーを使い、車を調達してタワーから脱出すればいい。
決断したレイラはF2000の弾倉交換を終えると、さっき確保しておいた破片手榴弾を一個、懐から取り出した。
それを傍らの憐に見せながら、淡々とした口調で彼に言う。
「憐、よく聞いて。今からこれを投げるわ。これが爆発したら、私と一緒に全力で走るの。出来るわね?」
「わ……分かりました。怖いですけれど……でも、レイラを信じます」
「良い子ね……貴方は何も気にせず、とにかく私を信じて、私と一緒に走って」
慣れない銃撃戦に完全に怯えながらも、不安な顔を浮かべつつも、出来うる限り気丈に振る舞いながら頷いてみせる憐。
そんな彼に小さく微笑みかけつつ、彼の頭をそっと撫でてやると。するとレイラは意を決し、手榴弾の安全ピンを抜いた。
「っ――――!」
ついでに安全レヴァーも弾き飛ばし、右腕を振るい――こちらとあちらのレストランの間、廊下の辺りに手榴弾を放り投げた。
軽く床を跳ね、ゴロゴロと廊下を転がる手榴弾。それを見て向かい側のレストランに陣取った敵兵たちは「グレネード!」と叫び、咄嗟に防御態勢を取った。
そして、安全ピンを抜いてからキッカリ五秒後――手榴弾が、爆ぜた。
木霊する爆音と吹き荒れる爆風、散らばる破片。
それらが収まった頃、レイラは左手で憐の手を掴み。「走るわよ!」と叫ぶと、彼を連れて全速力でレストランを飛び出した。
廊下を走りながら、右腕一本で腰溜めに構えたF2000を向かいのレストラン目掛けて乱射。敵の動きを制しつつ、一気に目的の扉まで駆け込んだ。
「くっ!」
そのままタックルするぐらいの勢いで重い鉄扉を開け、非常階段へと転がり込む。
背後からは追っ手の気配。例え非常階段に辿り着いても、交戦は避けられそうになかったが……しかし、退路は確保した。
「行くわよ、付いてらっしゃい!」
叫び、レイラはF2000の弾倉を交換しつつ、憐とともにその無機質な階段を駆け降りていった。
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