第一章:今日から私が貴方の守護天使/10

 夕方。放課後が訪れ、生徒たちが帰宅し。その後幾らかの事務作業をこなせば、レイラもまた八城学院を後にしていた。

 そうして帰る先は、当然ながら彼女の自宅。見慣れた玄関扉を潜り、履き慣れないパンプスを脱ぎ捨てれば……そのタイミングで、漸くレイラの肩は軽くなる。

「ふぅ……っ」

 自宅に戻って来れば、やっとこさ肩の荷が下りて一息つける。ひとまずこれで今日の仕事は終了だ。勿論……二重の意味で。

「……こういうのは、堅苦しくて嫌ね」

 羽織っていたスーツジャケットを脱ぎながら、レイラはひとりごち。護身用に持っていた拳銃……タイトスカートの内側、インサイド式のホルスターで携行していたグロック26の小型拳銃と、愛用のマイクロテック・ソーコムエリートの折り畳み(フォールディング)式ナイフをリビングルームのテーブルに置けば、レイラはそのままバスルームへと赴いていった。

 下着も何もかもを脱ぎ捨て、浴室で熱いシャワーを浴びる。彼女の華奢な肢体、雪のように白く透き通った肌を熱い湯が滴り落ちれば、疲れた身体も癒えるというものだ。

 レイラはそうしてシャワーを浴び終えると、バスルームを出て。そうすればリビングルームのソファに腰掛け、ひとまずリラックスと洒落込む。

「……そろそろ、掛かってくる頃だとは思っていたけれど」

 そうして一息ついていれば、テーブルの上に置いていた彼女のスマートフォンがけたたましい着信音を鳴らし始めた。

 着信相手はやはりというべきか、鏑木だ。レイラは応答のボタンをタップすると、スマートフォンを左耳に押し当てて彼からの電話に出る。

『おうレイラ、どうだ調子は?』

 とすれば、スピーカーから聞こえてくるのはそんな、鏑木の呑気な声だ。

 それに対してレイラは「教師というのも、案外疲れるものね」と本音の言葉で返し、

「少なくとも、私にはあまり向いていなそうだわ」

 続けてそう、自嘲じみた調子で呟いた。

 鏑木はそれに『だろうな』と笑うと、『ひとまず、今日はこれで終了だ』とレイラに言った。

『あれだけ警備の厳しい久城本家にまで、敵がわざわざ乗り込んでくることはないだろうよ。だから……問題はそれ以外の場所だ。学院までの登下校は車で送り迎えらしいから、坊主もよっぽど大丈夫だろうが…………』

 そうね、とレイラは鏑木に頷き返す。

 ――――実際、家に帰ってしまえば安全なのだ。

 憐の実家、即ち久城コンツェルンを率いる久城家の本家ならば彼も安全だ。あれだけ警備の厳重な家に、しかも人質に取って脅迫することが目的の連中が、わざわざ乗り込んでくるとは思えない。

 登下校もそこから車で送り迎えだし、警備としては完璧なのだ。後は……学院に居る間と、それ以外の時間をレイラが守りさえすれば。

「何にせよ、仕事を引き受けたからにはベストを尽くすわ」

 レイラの言葉に『おう、よろしく頼むぜ』と鏑木は言うと、そうすれば『で、どうよ?』と主語もなく謎の問いを投げかけてきた。

「どうよって……何が?」

『とぼけたって無駄だっての。アイツ……秋月の息子の話だよ。どうなんだよ、お前から見て』

 秋月の息子――――久城憐のことか。

 今は亡き親友の一人息子、それも今まで存在すら知らず……そして今は何者かにその身を狙われている相手だ。鏑木も色々と思うところがあるのだろう。直接接触できない身分だから、せめてレイラから様子を聞いておきたいといったところか。

 そんな鏑木の意図を暗に察すると、レイラは「そうね……」と少し思い悩んだ後、こう答えた。

「……素直で可愛い子よ。それに…………」

『それに、なんだよ?』

 訊き返す鏑木の怪訝そうな声を聴きながら、遠くを見つめながら……レイラが呟く。

「――――――少しだけ、恭弥に似ていたわ」

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