漆黒の花

月白藤祕

壱.呪いの花

日本のとある小さな村には古くからこんな言葉が伝えられている。

        "黒い百合には気をつけろ"


             〇


黒羽糺くろばねただしは小さな荷物を抱え、大きな門の前に立っていた。

女手一つで育ててくれた母親が亡くなったために、母親の実家に引き取られたのだ。

小さな頃はこのお屋敷で育ったが、小さかったために記憶はない。

思っていたよりも大きな建物に口を開け、見上げる。


「そこの方、大きな口を開けずに早くお入りなさい」


突如何処からか声が聞こえたかと思うと、閉ざされていた大きな扉がゆっくりと開いた。糺は恐る恐る門の中に入っていた。


中は高い塀のせいでよく見えなかったが、想像よりも広く、有名なお寺のようだと感じた。少し変わった造りの日本家屋のようだと思ったが、特に建物に詳しいわけではなかったので、気にせずに玄関の方へと向かった。


玄関は鍵はかかっておらず、簡単に開いた。中を覗くと、綺麗に立つ60代くらいの女が、こちらを見ていた。お邪魔しますと声をかけ、玄関の中に足を踏み入れようとした。すると女が急に声を上げ、糺は動けなくなった。そしてそのまま、意識を失った。

「お前は汚らわしい呪いだ」

そんな言葉が頭の中に木霊したのだった。


                〇


糺が目を覚ました時、彼は何も見えなかった。腕も足も縛られている感覚があり、彼は何が起きているのかが分からなかった。わかることと言えば、畳の上に転がされており、とても静かであるということだけだった。


しばらくその状態でいると、襖の開く音が聞こえた。何人かの足音がして、近づく者がいることが分かった。その者は彼を床から起こし、しっかりと床に座らせた後に目隠しを外した。糺の前には、5人の男と玄関にいた女が一人座っていた。後ろにいる者は役目を終えたからか、部屋を出た。


糺は戸惑いを隠せないでいたが、物を言わせない雰囲気が前に座る者達から感じられたために、見つめることしかできなかった。


「お前が黒羽糺だな」


そう言葉を発したのは、一番怖そうな男であった。ヤクザの頭と言われても不思議ではないほどの圧を感じる男だった。糺は圧倒されて、頷くのがやっとだった。


「そうか。では上の服を脱げ」


糺は耳を疑った。初めて会った人間に名前を聞かれてすぐに服を脱げと言われるだろうか。首を傾げ、戸惑っていると、もう一度、服を脱げと言われる。さすがに二回も言われると、脱がねばならないことは分かる。脱ぎたくはないが、男の圧に勝てるわけもなく、渋々上の服を脱ぐこととなった。


糺の体は、脱いでみないとわからないがとても白い。それに少し発光しているようにも見える。薄暗い部屋では、それが顕著に表れている。それと、男性とは思えないほどに細く、艶めかしい体つきをしている。


その場にいる者たちは固まっているようにも見えたが、あの男がすっと立ち上がり、糺に後ろを向くように言った。彼は言うとおりに後ろを向いたが、男が立ち上がる時に手に何かを持っているのが見えたために、何かされると思い身構えた。

糺が思った通りに男は近づき、きらりと光る刀身を振り上げ、彼の背中を切った。


彼は今までに味わったことのない痛みを感じ、その痛みに屈し、地に倒れた。他の男たちも彼の周りを囲み、何かを話している。糺は消えゆく意識の中に、ある言葉を聞いた。


「呪いの花が咲いた。次は呪いの姫の番だ」


真っ黒な血が百合の花を咲かせ、糺を包み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漆黒の花 月白藤祕 @himaisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ