捜査4日目~召使いの失踪2

 執事は、屋敷二階の一番奥にある、ヴェールテ婦人のいる部屋まで二人を案内した。

 部屋の前に到着すると、執事はドアをノックし、扉の外から声を掛ける。

「ハーラルト様、エストゥス様が亡くなられた件で、捜査関係の方が奥様のお話をお伺いしたいとのことで、来られております」。

「どうぞ、入って」。

 中からそう声がしたので、執事は扉を開ける。

 執事、マイヤー、クラクスは部屋の中に入った。

 かなり大きな部屋で、豪華な装飾品が多数置かれている部屋だ。

 奥の大きなソファに腰かけている女性が、ブルクハルトの妻、スザンネ・ヴェーベルンだ。

「失礼します」。

 マイヤーはそう言って会釈した。

「あら、警察じゃないの?」

 スザンネは二人制服が警察のものと違うと気が付いたようだ。

「我々は軍の関係者です」。

「なぜ軍の人が?」

「ハーラルトさん、エストゥスさんの死に軍事機密が関連している可能性があるのです。それで今、召使いのヴェーベルンさんを探しております」。

 マイヤーはいつもの嘘をついた。

「機密?」

 スザンネも驚いたようだった。無理もないが。

 彼女は何とか次の言葉を発した。

「彼女は屋敷に居ないの?」

「はい。行方がわかりません」。

「休みだから、どこかに出かけたのでは?」

「執事さんの話によると、誰も出ていないということです。ですので、午前中から屋敷の中をくまなく探しておりますが、見つかりません。あとはマルティンさんの部屋とこの部屋だけです」。

「ここにいるはずはないじゃない?」

 スザンネは少々声を荒げた。マイヤーは、それに構わず落ち着いた調子で話を続ける。

「念のため、部屋を見ても良いですか」。

 スザンネはあきらめたようにため息をついて言う。

「わかったわ。お好きにどうぞ」。


 マイヤーとクラクスは部屋の中、奥の寝室、クローゼットなどくまなく探した。アデーテの姿はなかった。

「いるわけないでしょう」。

 スザンネはあきれる様に言う。

「ところで、彼女が、どうかしたの?」

「ハーラルトさん、エストゥスさんを毒殺したのは彼女の可能があります」。

「そうなの」。

 マイヤーは、彼女がこのことを聞いて、あまり驚かないことが意外だった。さすがにおかしいと思いそのことを尋ねた。

「驚かれないのですか?」

「別に、驚かないわ。子供たちのことはあまり興味ないの」。

「それは何故ですか」。

「私は後妻なのよ。だから、夫の息子たちとは血のつながりもない。それに仲もとても悪かったし」。

「そうなんですね」。

「私は結婚した理由を財産目当てだとか、ひどいことをたくさん言われたわ。でもね、私と主人は、これでも愛し合ってたの」。

「ご結婚されて一か月程度でご主人がお亡くなりになったとか」。

「そう言うこともあって、余計ね。子供たちは最初、私が殺したんじゃないかとか、ありもしない疑いをかけて、それで警察にも何度も事情を聴かれて」。

「ご主人の死因は病死と伺っておりますが」。

「ええ。元々、心臓が悪かったのよ」。

「なるほど」。


 マイヤーは、さらに続ける。

「込み入った質問をしても?」

「程度によるわね」。

「ご主人と知り合ったきっかけは?」

「ヴェールテ一族がモルデンに居たころ、私もモルデンに居て夫の面倒を付きっ切りで診ていた看護師だったのよ。かれこれ四、五年になるかしら。戦争でモルデンが帝国軍に攻められて、そこが陥落する前にヴェールテ一族と一緒にここに逃げてきたのよ。そして、戦争も終わって、すぐに一族の貿易会社も再開出来て、今後の見通しも立った。それで、夫は私と結婚したいと言ってきたわ。ここに来て一か月後、つまり二か月前に結婚したのよ」。

「なるほど、ありがとうございます。もう一つ質問ですが、遺産相続でもめていますね」。

「さっきも言ったけど、子供たちの言いがかりよ。遺言書は法的に有効。私には、お金と宝石とこの屋敷。子供達には会社。ほとんどもらえない子もいるみたいだけど、それは夫が決めたことで、私は関係ないし、私は遺言書の内容で満足しているわ」。

「なるほど、参考になりました」。

「もう、いいかしら?」

「ええ、ありがとうございます」。

 マイヤーとクラクスと執事は頭を下げて部屋を出た。


 廊下に出ると執事が二人に話しかけてきた。

「お伝えしておりませんでしたが、奥様と子供たちの仲が悪く、奥様は顔を合わせたくないという理由で、部屋に居ることが多いのです。食事も食堂ではなくお部屋までお持ちしております」。

「複雑な家庭の事情だな」。

「遺産の奪い合いとか、私のような平民にはない悩みですね」。

 クラクスはあきれる様に言う。

「そうだね」。

 疲れていたのでマイヤーも感情なく相槌を打つ。

「もう、この屋敷内に居るとは思えません」。

「私もそう思う。しかし、ここまでやったから最後の一つだ。マルティンの部屋を調べたい」。

「いつ戻るかわからないということですが、どうしますか」。

「明日、新聞社に行ってみよう。部屋の中を見せてもらうだけでなく、事件や相続の件でも話を聞きたいからね」。

 マイヤーとクラクスは執事に挨拶をして屋敷を出た。あたりは、すっかり暗くなりつつあった。


 マイヤーとクラクスは城に戻ると、ルツコイの執務室を訪れた。

「ああ、君らか」 ルツコイは書類から目を上げて二人を見て言った。「毎日、ご苦労」。

「いえ。ところで、ヴェールテ家の件の経過ですが、召使いのアデーレ・ヴェーベルンが屋敷から消えました」。

「消えた?」

「ええ、忽然と。屋敷の中は、ほとんど調べましたが、どこにも居りませんでした」。

「逃亡か」。

「しかし、執事の話によると、彼女が屋敷を出た様子はないと」。

「それは奇妙だな」。

「それで、屋敷で調べてないのはマルティンの部屋だけです。あす、彼が勤めているという新聞社に寄ってみます。本人に部屋の中の捜索の許可を取ります。それに色々話を聞きたいし」。

「今日の報告は以上です」。

「わかった、ありがとう」。

 マイヤーとクラクスは執務室を後にした。

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