捜査4日目~召使いの失踪1

 マイヤーとクラクスは馬を駆ってヴェールテ家の屋敷に向かう。

 ここに来るのは二日ぶりだ。


 このところ、この屋敷には毎日のように捜査で誰かしら訪れているのだが、執事のベットリッヒがいつもの様に嫌な顔一つせず対応してくれる。

「いらっしゃいませ」。

「今日は召使いのアデーレ・ヴェーベルンさんに話を伺いたく参りました」。

「わかりました。彼女は今、自分の部屋にいると思います」。

 執事は応接室へ二人を案内してから、ヴェーベルンを呼びに彼女の部屋に向かった。


 数分後、執事があわてた様子で戻ってきた。

「彼女がおりません」。

「出かけたのでは?」

「いえ、私は朝から一階におりましたが、だれも出て行ったものはおりません」。

「そうは言っても広い屋敷だ、一階の奥の方に居れば、入り口から出てもわからないのでは?」

「今日は、私は奥様に言われて、旦那様の遺品のコレクションの整理をしておりました。扉の入ったところの広間に美術品が多数飾られておりますので、その確認をしておりました。ですので、扉から出ようとすればすぐにわかります」。

「では、ほかに出口は?」

「ありません」。

「彼女の部屋を見せてもらっても良いですか?」

「どうぞ、こちらです」。


 部屋は小綺麗に片づけられている。しかし、ベッドは起きてからそのままだろう、シーツがめくれている。マイヤーはシーツに手をやった。

「ベッドは冷たいから、いなくなってから、大分経つみたいだね」。

「彼女を最後に見たのは?」

「昨晩です。夕食の後片付けが終わって、彼女はその日の仕事は終わりでしたので、自分の部屋に戻りました」。

「では、昨夜のうちに屋敷を出たのでしょう」。

「それも、あり得ません。屋敷の扉の鍵を彼女は持っていません。扉の施錠は毎朝、改めて確認しておりますが鍵は閉まっておりました」。

「本当に彼女は鍵を持っていないのですか?」

「鍵を持っているのは、私と奥様とぼっちゃん達だけです。召使いは持っておりません」。

「それでも、召使いだからいろんな部屋に出入りすることがあるでしょう。誰かが持っていた鍵を勝手に持ち出して合鍵を作っている可能性はあるでしょう」。

 執事は少し考えてから答えた。

「たしかに、可能性はあります」。

 クラクスは言った。

「そして、謎のもう一つは、なぜいなくなったのか?」

 マイヤーが答える。

「自分の犯行がばれそうなので、逃げたのでは?」

「やはり彼女が犯人でしょうか?」

「おそらくな」。


 マイヤーは窓のそばに近づいた。窓には鍵がかかっている。これも内側から鍵を掛ける物で、外から鍵をかけることができない。ということは、窓から出たのでもない。

「消えた」。

 マイヤーはポツリと言う。

「空気じゃあるまいし。ひょっとしたら、何かの魔術では?」。

 クラクスが口をはさんだ。

「彼女は魔術は使えません」。

 執事がそれを否定する。

「では、まだ屋敷の中にいるということか?」

 クラクスが興奮気味に言う。

「屋敷の中をくまなく調べたいのですが、構いませんでしょうか?」

 マイヤーは執事に尋ねた。

「構いません。奥様の部屋は、今、奥様はおられますので、後ほど確認いたしましょう。マルティン様はお仕事の関係上、屋敷に戻られるのはいつになるかわかりませんので、今日は難しいかもしれません」。

「そういえば、マルティンさんのお仕事はなんですか?」

「新聞記者です」。

「どちらの新聞の?」

「ズーデハーフェンシュタット・ツァイトゥングです」。

「ああ、戦前はブラウグルン・ツァイトゥングの」。

 それは、首都で一番有名な新聞社だった。

「そうです、帝国が共和国の名前を冠にしたものは許可できないので、名前が変わったとマルティン様は仰っておりました。それに、今は帝国の検閲が厳しい上に、取材に制限が出来てやりにくくなったので、社の今後を心配されておりました」。

「そうだろうね」。

「マルティン様が家の事業を継がず、新聞社に入社されたので、ブルクハルト様は、そうとうお怒りになっておりました」。

 それで、遺産もごくわずかだったのだろうか。

「マルティンさんと、他のきょうだいとの仲はどうだったんですか?」

「他の家族とも距離を置いておりました」。

「そうですか」。

「金持ちも大変ですね」。

 クラクスが全然心のこもっていない感想を言う。


「では、他の部屋を確認させて下さい」

「わたくしがご案内いたします」。

 執事の案内でマイヤー、クラクスは屋敷の中をくまなく探した。

 応接室、食堂、調理室、バスルーム、長男ハーラルト、次男エストゥスそれぞれが使っていた部屋、執事ともう一人の召使いエリカ・ヒュフナーの部屋、地下室、屋根裏。そして、念のため、庭、屋敷の周り、屋敷に隣接して建てられている倉庫まで数時間かけて調べたが、ヴェーベルンの手掛かりは居なかった。

 時刻は、そろそろ夕方に差し掛かる。マイヤーとクラクスは、一旦、応接室で休憩をさせてもらう。

「もう、屋敷にはいないんじゃないですか?」

 クラクスはソファに深く腰掛けて言った。さすがに疲れたようだ。もちろん、マイヤーも疲れていたが、もう少しで屋敷の調べられるところは、全て調べ終わる。

「おかしいです、そんなはずはありません」。

 執事に二人に向かって言った。

「後は奥さんの部屋をお願いしたい」。

「わかりました。こちらへどうぞ」。

 そう言えば、奥さんは全く姿を現さないな。

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