捜査4日目~圧力

 マイヤーとクラクスは、今日も朝一でルツコイの執務室に向かった。


「おはよう」。

 ルツコイは部屋に入って来た二人を見ると挨拶した。二人は敬礼をする。

 ルツコイは大きなため息をついてから切り出した。

「昨日は大変だったね。こんな事になるとは思ってもみなかったよ」。

「我々もです」。

「もし、この事件から手を引きたければ、構わないぞ。そもそも、警察長官の依頼を断っても良かったのだが、かれらの顔を立てるため協力したまでだ」。

「我々が手を引けば、事件はどうなりますか?」

「ハーラルトの死の捜査は中止命令が出ていた。おそらく副市長の死についても中止命令が来るだろう。そうなると事件は迷宮入りとして処理されることになる」。

「いや。乗りかかった船です。やらせて下さい」。

 クラクスが前のめりで言う。

「私も同意見です」。

 マイヤーはクラクスがいやにこの事件に乗り気なのが気になったが、この場そのことには触れずにおいた。マイヤー自身も捜査を数日やってみて、意外に面白いと感じていたので、続けても良いと考えていた。

 ルツコイは顎に手をやって少し考えてから答えた。

「いいだろう。しかし、テロや暴動があった場合は、本来の仕事である任務を優先してもらう」。

「わかりました」。

「部隊は今、誰が取り仕切っている?」

「プロブストです」。

「なるほど、わかった」。

「では、失礼します」。

 マイヤーとクラクスは、立ち上がり敬礼して執務室を去った。


 次に、マイヤーとクラクスの二人は、まず警察本部に向かった。今日は警察長官の執務室に通された。そこではミューリコフ警察長官とアーレンス警部が待っていた。

「おはようございます」。

「気分が悪そうですね」。

 長官がマイヤーの様子を見て尋ねた。

「目の前で人が死んだので、目覚めが悪いです」。

「無理もない」。

「それで、今日もこの後、ヴェールテ家に向かおうと思っております」。

 次に警部が報告する。

「副市長の死について、昨日のうちに我々がヴェールテ家で聞き込みをしておきました」。

「そうでしたか。助かります」。

「副市長の件は、まだ横やりが入っていないからね、別の事件として捜査している」。

「“まだ”? この件にも、横やりが入ると」。

「わからんが、私達はその可能性が高いとみている」。

「そういえば、水差しの水を調べたが、ただの水だった」。

「では、他の場所で毒を盛られたと?」。

「ええ、おそらくそうなのでしょう。あと、副市長の持ち物を調べたら、彼が水筒を持っていたが、それもただの水だった。被害者の症状などから、パーティーでのハーラルトの症状と同じようだから、毒を食べるか飲むかしてから、三十分から一時間」。

「副市長は朝食を取ったが、昨日の朝食を準備したのは、召使いのアデーレ・ヴェーベルンと執事が言っていた」。

「彼女が毒を盛ったと」。

「その可能性が高い。ハーラルトが死んだ時、彼女もパーティー会場に居た。食べ物か飲み物に毒を入れることは容易だろう」。

「動機はなんでしょうか?」。

「それはこれから調べることになるだろう。彼女には屋敷から出ないように言ってあります」。


 四人は話をしていて、しばらくすると、部屋に男性が二人入ってきた。

 それを見て、警部はため息をついて、その二人に言った。

「またですか」。

「副市長のエストゥス・ヴェールテの死については調査の中止を」。

「その理由は、教えてはくださらないのですね、今回も」

「その通りです」。

 マイヤーとクラクスはそのやり取りを黙って見つめていた。捜査の中止命令を伝えに来たということは内務局の者達だろう。

 一人が、マイヤーとクラクスの方を向いて尋ねた。

「君たちは?」

「彼らは軍の方々です。別件の事件で協力してもらっています」。

 長官が説明をする。

「よろしく」。

 マイヤーとクラクスは内務局の二人に軽く挨拶をした。

「そうですか」。そうとだけ簡単に言うと、改めて内務局の者は警察長官に向き直って言った。「では失礼します」。

 内務局の二人は部屋を去って行った。


 二人を目線だけで見送ったあと、警部は口を開く。

「先日もやって来て、ハーラルトの殺人の捜査の停止命令を伝えに来た」。

「やはり」。

 マイヤーは軽くため息をついた。

 長官もマイヤーより大きなため息をついた。


 マイヤーが再び口を開く。

「捜査の停止命令を出したのは副市長が手をまわしたのかと思っていました。彼にはそれぐらいの権限があったかもしれません」。

「しかし、死んでしまった」。

 警部がつぶやくように言った。次に、クラクスが前のめりで話をする。

「そうすると、別にこの事件の黒幕がいて、その人物が捜査の中止命令を出している」。

「可能性としては、ヴェールテ家の者達。もしくは、政界にも顔が利く人物。ということは他の旧貴族か? しかし、ハーラルトとエストゥスを殺害を実行したのは屋敷の召使いの可能性だと」。

 警部は顎に手を置いて、深く考えるようなそぶりで話す。

「召使いがヴェールテ家の他の誰か、もしくは他の旧貴族から金をもらって、二人を殺害したとか?」

 クラクスは変わらず前のめりだ。

「あるいは、弱みを握られているとか」。

 警部が付け加える。

「その可能性はあるな。彼女からもう一度話を聞いてみよう」。

 マイヤーは意を決したように言う。

「方針は決まりましたね」。

 クラクスが相槌を打つように言った。

「我々は、捜査の中止命令が出ているので、それに従うしかないが、君たちは違う」。

 警察長官は言った。その言葉には事件を解決してほしいとの期待がこもっていた。

「お任せ下さい。ヴェールテ家の屋敷で召使いに話を聞いてきます」。

 そう言うと、マイヤーはニヤリと笑って立ち上がった。クラクスもそれに続いて立ち上がる。

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