捜査5日目

捜査5日目~クリーガーとザービンコワ

 朝、クリーガーはザービンコワが部屋に来るのを待っていた。

 昨日は肌着だけの姿を見られたので、今日はそんなことが無いように、準備万端で身なりを整えておいた。

 今日は、ザービンコワがズーデハーフェンシュタットの街を見たことがないので、案内を頼まれていたので、一緒に出かけることとなっているのだ。

 ラーミアイ紅茶を飲んで待っていると、ドアをノックする音が。扉を開けるとザービンコワが立っていた。今日の彼女は軍服に白い作業着を羽織っているのではなく、私服だ。白っぽいワンピースにいつもはまとめている髪は下ろしてあった。普段していない化粧を薄くしている。改めて見ると美しい人だ。

「おはよう」。

 ザービンコワは笑顔で挨拶した。

「おはようございます」。

 クリーガーも挨拶を返す。

「では、行きますか?」

「ええ」。


 二人は歩いて城を出た。

「さあ、どこに連れて行ってくれるのかしら?」

「港の方に行ってみましょう。元々、帝国には海がないですよね?」。

「いいわね。まだ港には言ったことがなかったのよ」。

 我々は城を出てゆっくり歩いて港の方に向かう。

 クリーガーは通りを見渡した。街は以前ほどではないが、活気を取り戻している。終戦から約三か月、住民の生活もほぼ正常になっているかのようだ。とはいえ、帝国の支配下になってからは旧共和国の住民にはいくつもの制限が課されている。

 別のへ街の移動は特別な事情がない限り許可されない。貿易に従事する者のみ港湾都市間の移動は許可されていた。以前は余暇に旅行をする住民もそれなりにいたが、旅行は不可能となった。

 次に武器所有禁止令。共和国時代は、住民も剣などの武器を持つことが許されていたが、帝国の支配下となってからは反乱などの危惧から、武器の一般人の所有は禁止となった。いずれも違反には罰則がある。


 経済活動は以前の様に可能だが、少々、税金の徴収が増えた。新聞などの出版物はいくつかを残して廃止され、残った物にも帝国の検閲が入る。

 これらのことで住民らは不満を少なからず持っているが、帝国軍の厳しい監視が続いているため、表面には出せずにいる。さらに帝国の統治に反感を持っている元共和国軍の者などはテロ活動に走るものも少なからずいる。

 とは言え、ここズーデハーフェンシュタットでは、反乱やテロなどの発生回数は他の都市と比べてかなり少ないらしい。反乱、テロの鎮圧と予防は、我々、傭兵部隊の仕事でもある。


 ザービンコワは途中、目に留まった街の建物などについて質問をしてくる。クリーガーは、歴史的建造物であれは、その建設された経緯などを知る限り丁寧に答えた。

 途中、屋台で軽食を買ってそれを歩きながら食べた。

 クリーガーは、こうやって三か月前まで敵であった帝国出身の女性と連れ立って歩いているのは、さすがに少々違和があった。


「いつから軍医を?」

 クリーガーはザービンコワに個人的な質問をした。

「二年前からね」。

「初めて会った時、あなたのような若い人が医療室を取り仕切ると聞いて少々驚きました」。

「そうね。帝国軍も人員不足なので、私のような若い者も狩り出されるのよ」。ザービンコワは軽くため息をついた。「私のような駆け出しは首都から離れたこういった街に配属される訳」。

「ここに配属されたのは不本意なことですか?」

「最初は嫌だったけど、命令には従うわ。でも、この街も気に入っていったわ。少々、暑いところ以外は」。

「気に入ってくれてよかった」。

「あなたは、この街の生まれなのよね?」

「生まれも育ちもここです」。

「じゃあ、この街のことは何でも知っているのね」。

「まあ、大体のことは」。


 二人は港に着いた。

 港は戦前の頃と変わらず貿易船が何隻も見え、荷揚げする人々で賑やかだ。

 そんな中でも、帝国軍の兵士が人々を監視するため、所々に何人も立っているのが見えた。

「この街は貿易で栄えている街なので、港はこれぐらい活気がないとダメですね」。

「そうなのね」。

 ザービンコワもあたりの賑やかさに少々驚いているようだ。

「帝国の支配下になって、最初の二週間は貿易船の入港が禁止されていましたから。それに反乱騒ぎの時は、ほとんど誰も居ませんでした」。

「船の荷物は、どういう物が多いのかしら?」

「外国の珍しい食料や工芸品、薬品、鉱石や魔石などを輸入し、穀物類を輸出しています」。

 そう言えば、マイヤーたちが調べているヴェールテ一族が経営する会社のことをふと思い出した。確かこの近くに建物があったと思ったが。

 クリーガーはあたりを見回した。すこし離れた倉庫群の並びに三階建ての建物があり、壁には “ヴェールテ貿易” という社名が掲げてあるのを見つけた。あれがヴェールテ一族の会社か。


 昨日はマイヤーともクラクスとも話をしなかった。マイヤーとクラクスは殺人事件の捜査を上手くやっているのだろうか。そんなことが頭をよぎった。

「どうかしましたか?」

 考え事をしている私を見てザービンコワが声を掛けた。

「いや、今、傭兵部隊で殺人事件の捜査をやっていて、それがうまくいっているか気になって」。

「ねえ、仕事のことは忘れて」。

 ザービンコワはクリーガーの頬辺りに手を当てて言った。

「そうですね」。

 クリーガーは頭の中を切り替えて、ザービンコワに言った。

「この少し先に、いい雰囲気のカフェがあるので、そこで少し休みましょう」。

「いいわね」。


 二人は港を離れて街の中へ向かおうとしたところ、少し離れたところの岸壁で人だかりができているのが見えた。何やら穏やかならぬ雰囲気で、人々が大声で叫んでいるのも聞こえた。二人は急いでその方向に向かう。

 クリーガーとザービンコワが人だかりに近づくと、一般の人に混ざり、帝国軍の兵士も数名居るのが見える。彼らはただならぬ様子で、岸壁のすぐ下の海面を見ている。二人はさらに近づき、近くにいた人物に事情を聞くと、誰かが海に浮かんでいるそうだ。二人は人ごみをかき分けて前に出る。すると、海面に全裸の女性がうつぶせに浮かんでいるのが見えた。帝国軍兵士二人が海に飛び込んで救助をしているところだった。

「私は医者です。こちらへ、引き揚げて!」

 ザービンコワが声を掛けた。

 クリーガーも身を乗り出して女性を引き上げるのを手伝った。

 そして、仰向けに寝かせる。小柄で少しぽっちゃりした金髪の女性だ。女性の肌は青白くなっており、死亡してだいぶ時間が経っているようだ。

 ザービンコワが女性の様子を調べて言う。

「死後硬直がある。死亡してから一、二日、経っているわ」。


 しばらくして帝国軍兵士が馬車を用意し、遺体を警察本部まで運ぶために出発した。クリーガーとザービンコワはそれを見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る