捜査0日目~軍医からの命令

 テログループを捕らえる作戦が終了し、クリーガー達が城に帰還すると、軍医のアリョーナ・サービンコワが兵舎の前で待ち構えていた。

 彼女は帝国の首都アリーグラードの出身。すらりとして背が高く、いつも長い黒髪をアップにしている。色白で美しい女性だ。

 今日は、腕組みをして、なにやら少し怒っているようだ。

「クリーガー隊長」

「何でしょうか?」

「ちょっと、お話があるので医務室まで来てください」。

「わかりました」

 彼女はクルリと向きを変え城内の医務室に向かった。


 そのやり取りを見て、弟子のオットー・クラクスが茶々を入れてきた。

「なんか怒っていますね」

「そうみたいだ」

「ご武運を」

 クラクスはそう冗談めかして兵舎に戻って行った。

 クリーガーはやや憂鬱な気分で医務室へ向かう。


「失礼します」

 クリーガーは医務室の扉を開けた。

「来ましたね」

 ザービンコワが待ち構えていた。

「そちらに座って」

 と椅子を指さした。

「はい。今日は何の御用でしょうか?」

 クリーガーは椅子に座る。しかし、ここに呼びつけられた理由がわからない。彼女を怒らせるようなことを何かしただろうか?

 ザービンコワも椅子に腰かけて話を始めた。

「ルツコイ司令官から聞いたのですが、あなた、全然休んでないでしょう?」。

「休み?」

「“休み”は、“休み”よ」

「あ、ええ、まあ」

 確かにクリーガーには傭兵部隊の設立以降、休みがほぼ無かった。最初は設立準備、武器や防具などの申請、人員追加補充の件、さらに最近は今日のような帝国軍との共同でのテロの首謀者や武器の取り締まり、暴動の鎮圧、などなどなど…、で忙殺されていた。


 ザービンコワは強い口調で話を続ける。

「それで、強制的に休ませるように言われています。ルツコイ司令官があなたが言うことを聞かないとぼやいていました。ですので、明日から一週間休んでもらいます。これは医師である私からの命令です」。

「一週間?!」

 休まされる期間が思いのほか長かったので、思わず訊き返した。

「そうです。一週間」

「いや、しかし、明日からとは、急な」

「“いや”も、“しかし”も無し。ちゃんと休まないと判断力の低下につながり、作戦遂行時の危険に繋がったりします。とにかく、休んでもらいます」。

「困ったな」

 クリーガーはうつむいて小声でつぶやいた。それを無視するようにザービンコワは話を続ける。

「さあ、部屋に戻って。明日から一週間、兵舎や修練所に行くことは禁止します。たまに偵察に行きますからね」


 なんということだ、まだやるべきことは山積みになっているというのに。せいぜい三日程度休まされるのは覚悟していたが。軍医の命令は上官の命令と同様に聞かないといけない。ルツコイ相手には適当にごまかしていたが、ザービンコワにはごまかしは効きそうにない。そして、彼女はちょっと怖い。仕方ないので、休まされる一週間の間は隊の面倒は副隊長のエーベル・マイヤーに部隊を託そうと思った。


 エーベル・マイヤーもクリーガー同様、ズーデハーフェンシュタットの出身で共和国軍に所属していた。彼は魔術師で傭兵部隊の副隊長を務める。彼とクリーガーは共和国軍時代から三年ほどの付き合い。騎士と魔術師、性格も対照的だが、何かとウマが合っていた。


 クリーガーは早速、要件を伝えるためマイヤーの部屋に向かう。扉をノックすると、マイヤーの声で入るように言われたので扉を開けた。

 彼は黒髪に黒い瞳。少々背が低いが、がっしりした魔術師っぽくない体型だ。彼は私服の楽な格好でくつろいでいた。彼は今日は非番だった。

「休みのところ申し訳ない」

 クリーガーはそういって部屋の中に入った。何か料理でもしていたのか、食べ物の臭いがした。

 マイヤーはクリーガーの顔を下から覗くようにして尋ねた。

「隊長殿、深刻な顔をして、どうした?」

「いや、それほど深刻じゃあない」

「ならよかった。何か飲むか? もう今日は任務は終わったんだろ。酒でも」。

「いいね」

 マイヤーはエールを瓶からカップに注いで私へ手渡した。

 私はカップを手にしたまま、部屋にある椅子に腰掛けて話を続けた。

「実は、医師に一週間の休みを強制された」

「なるほど」。マイヤーはそういうと笑って見せた。「あんたは働きすぎだからね。傭兵部隊が設立されてからほとんど休んでいないだろう。ついに止められたか」

 クリーガーはため息をついてから話す。

「というわけで、一週間、隊をお願いしたい」

「わかった。任せてくれ。君はゆっくり休んでくれ」

 マイヤーは微笑んで答え、エールを一口飲んだ。彼なら不安なく隊を任せられる。クリーガーはホッとしてカップになみなみと注がれたエールを一気に飲み干した。

「よかったら、食べ物も」

 マイヤーはそう言うと、皿に盛られた料理をテーブルの上に置いた。

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