傭兵部隊の任務報告2~ヴェールテ家連続殺人事件

谷島修一

序章

捜査0日目~傭兵部隊

 初夏の午後、暑い日差しが街に降り注ぐ。


 任務の為、城を出て、街中にある軍の詰所に向かう途中、ユルゲン・クリーガーは額に滲む汗を手で拭った。

 三か月ほど前に設立されたばかりの傭兵部隊の軍服は北方にあるブラミア帝国から支給されたが、これではかなり暑く感じる。軍服を作る際、ここのズーデハーフェンシュタットの気候のことは、さほど考慮されず生地選びがなされたのであろう。六月でこの状態では、真夏は暑さにかなり苦労しそうだ。


 三か月前までは、ここはブラウグルン共和国と呼ばれていた。

 ブラウグルン共和国は気候が温暖なせいか、人々も穏やかな者が多いため、三十六年前に無血革命で王制から共和国制へと移行してからは、比較的平和な時代が長く続き、争いごとが少ない国であった。

 しかし、ブラウグルン共和国の北側で国境を接していた軍事国家ブラミア帝国が、突然、圧倒的物量をもって共和国へ侵攻した。強力な帝国軍の前に、元々戦いに慣れていなかった共和国軍は敗北を続けた。そして、ズーデハーフェンシュタットの傍を流れるグロースアーテッヒ川での最終決戦で、共和国軍は予想を超えた善戦をしたものの、ほぼ壊滅状態となり、その後、共和国政府は無条件降伏を決めた。

 当時の共和国政府による、首都の住民に被害を及ぶことを防ぐための決断だった。


 こうして共和国は滅亡し、帝国に併合されてしまった。併合後は、共和国軍は解体され、共和国の首相はじめ多くの閣僚、軍の上層部はほとんどが処刑されるか、収容所に幽閉されることになった。軍の上級士官であった者で処刑や幽閉を免れた者の多くは、地方都市や寒村へ家族もろとも強制的な移住させられ、帝国の監視が付いている。


 今では、この戦争のことを旧共和国の者は、 “ブラウロット戦争”(青赤戦争)と呼んでいる。青は共和国の軍旗の色、赤は帝国の軍旗の色であったので、それから由来して名付けられた。


 帝国に侵略されるまでは、ここズーデハーフェンシュタットは共和国の首都であった。ここは港町で他国との貿易で栄えていたが、帝国に併合されてからは、一般のブラミア人が少なからず移住して来ている。元共和国の住民は二級市民として扱われており、様々な制限が課されている。共和国時代は比較的自由な社会であったが、現在の帝国の統治はまさに圧政といってよい。帝国は住民の反乱を恐れ、街では常に多数の帝国軍兵士が立ち、住民を監視している。さらに夜間の外出禁止や政治犯狩りなど厳しい施策をとっている。住民には移動の自由は無く、税金の徴収も多くなり経済的な面でも元共和国の住民の不満は大きい。

 かろうじて先日、戦前のように港で貿易を始める許可が下りて港は活気を取り戻してきた状況だ。


 帝国の支配下となって、共和国の首都であったここズーデハーフェンシュタットにも帝国軍が駐留している。その駐留軍の司令官ボリス・ルツコイの命により傭兵部隊が設立されてから約三か月が経った。

 ユルゲン・クリーガーは元共和国軍の精鋭・“深蒼の騎士”としては、唯一傭兵部隊に所属していた。ほかの“深蒼の騎士”達は、帝国軍との戦いで戦死したか、生き残った者は収容所に幽閉されている。深蒼の騎士”は慈悲、博愛を謳い、高い剣技とわずかばかりの魔術を駆使し、長きにわたってブラウグルン共和国を守ってきた。

 クリーガーは帝国に対する反抗心も表面上は抑え、従順を装っており、命令も常に着実に遂行している。さらには、クリーガーは特に剣術が優れていたせいもあって、現在では傭兵部隊の隊長としての役目も務めている。


 クリーガーが傭兵部隊に参加している理由はいくつかある。武器所有禁止令が出され、一般市民も武器の所有は禁止された。しかし、傭兵部隊に所属すれば剣や魔術の修練が許可されるということだった。クリーガーは剣の腕を鈍らせないためには傭兵部隊に加入する必要があった。他の隊員達も同様に思っているものがほとんどだ。

 また、クリーガーはいつか共和国の再興を望んでおり、そのために帝国軍の内情を知っておく必要があった。内情を深く知るためには、帝国軍の司令官達に信頼されなければならないと考え、命令された仕事は確実に遂行している。


 傭兵部隊を設立した第五旅団の旅団長であり、重装騎士団長でもあるボリス・ルツコイ司令官は、マメに傭兵部隊のことを気遣っている。彼の助けもあって、戦前は一般兵士だったクリーガーも何とか約百八十人を率いる部隊の隊長として何とかやっている。最初は旧共和国軍兵士と賞金稼ぎの寄せ集めだったが、最近は少し纏まりが出てきたように感じていた。


 今日の任務は、秘密警察“エヌ・ベー”からの情報提供で、テロを画策しているグループが集まるという家を急襲するため、帝国軍兵士三十名と傭兵部隊からクリーガー、その弟子のオットー・クラクス、その他の隊員達の計十人で参加している。集まるグループは武力で旧共和国を再興しようとしており、旧共和国軍に所属する兵士だったものが多い。

 傭兵部隊も元はと言えば旧共和国軍に所属していたものがほとんどだ。戦前は傭兵部隊のほとんどの隊員と彼らとは、面識はないとは言え同じ軍の仲間であった。しかし、共和国の滅亡後は考え方の違いから別の道を歩んでいることになる。

 傭兵部隊の隊員は、共和国への忠誠心が無くなったわけではない。隊員のほとんどは心の底では共和国の復興を願っている。しかし、今、反抗しても強大な帝国軍に勝てるはずもなく、機会をうかがっているといってもいいだろう。


 傭兵部隊は、一旦、テログループが集まると言う家から近い軍の詰所に集まる。

 家を偵察している者からテログループが集まったと連絡が来れば出撃することになっている。

 詰所で待機すること五時間。ようやく日も暮れてあたりが暗くなってきた頃、偵察の者が詰所に駆け込んできた。テロの首謀者たちが集まってきているという。人数は当初の情報の通り八人。

 クリーガー達は詰所を飛び出して、首謀者達が集まっている家へ急行した。大通りから少し脇道に入った先の民家がその場所だ。その家の正面から帝国軍兵士が突入するため集まる。傭兵部隊は民家の裏側へ行き逃げ道を塞ぐ。もし裏口から逃げ出る者が居たら捕らえることになっている。

 傭兵部隊が裏の配置についてしばらくして、民家の表側が騒がしくなった。どうやら始まったようだ。そうするとすぐに裏口が開いた。テロの首謀者二人が飛び出してきたが、我々が待ち構えているのを見て抵抗をあきらめたようだ。二人は持っていた武器を捨てて投降した。

 抵抗した三人が帝国軍兵士によって死亡し、他の五人は捕らえられ、警察へと連行された。

 彼らの一人が連行される時、クリーガー達、傭兵部隊に向かって「帝国の犬め」と罵声を浴びせた。以前も同様の任務で、罵声を浴びせられたことがある。クリーガーは全く気にしないが、彼らから見ると、傭兵部隊は裏切り者なのだ。


 傭兵部隊の日々は、こういった任務が続いていた。ありがたいことに、危険度の低い、難しくない仕事が多い。ルツコイはもっと違う仕事もさせたいと思っているようだが。また、隊員の中で元賞金稼ぎで血の気が多い者は、こういった任務に少々物足りなさを感じている者も居るようだ。

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