捜査1日目

捜査1日目~新任務

 翌日の午前、傭兵部隊の副隊長エーベル・マイヤーは帝国のズーデハーフェンシュタット駐留軍の司令官ボリス・ルツコイに呼び出された。


「失礼します」

 マイヤーはルツコイの執務室に入り敬礼をした。マイヤーは傭兵部隊への参加の面談以来、一人でここに来るのは初めてだった。以前、何度か来た時は、常にクリーガーと一緒だった。

 ルツコイは執務机の向こうの椅子に座っている。

「よく来た。座りたまえ」

 ルツコイは椅子を指さして言った。マイヤーは言われた通りに椅子に座る。

「クリーガーは、ちゃんと休んでいるのかな?」

「はい。先ほど部屋に行って様子を見たら、まだ寝ておりました」

「それでいい。彼は三か月も働き詰めだから、軍医に言って強制的に休ませた」

「ええ、聞きました」


「実は、ある任務をお願いしたい」。ルツコイは手元にある資料を見ながら本題を切り出した。「殺人事件があってね、それの調査をお願いしたい」

「ええっ?」

 マイヤーはルツコイの言葉に驚いた。

「無茶です。我々は犯罪捜査は素人です」

「まあ、話を聞いてくれ。殺人事件の被害者はハーラルト・ヴェールテだ」

「あのヴェールテ家の?」

 ヴェールテ家は旧貴族で、ここ旧ブラングルン共和国ではちょっとは名の知れた名家だ。

「そうだ、ヴェールテ家の長男。副市長をやっているエストゥス・ヴェールテの兄だ」

「ほう」

「彼が殺された状況はこうだ。三日ほど前、彼はあるパーティーに招待され、そこで出された酒か食事の中に毒が入っていた。パーティーの参加者は百五十名。他にその場にいたのは給仕をしていた召使いや料理人などだ。それらを含めると二百名近くになる」

「犯人はその中に?」

「当然、その可能性が高いと見ている」

「そのパーティーは共和国の旧貴族の集まりだったという。それで、警察によって捜査が始まったんだが、すぐに内務局が捜査の中止の圧力をかけて来たらしい。それで捜査が宙に浮いた」


 共和国は三十四年前に無血革命で共和制に移行した。貴族制もその時に廃止されたが、旧貴族は財力を利用して今でも権力を持っている一族が多い。ヴェールテ家もそういった一族の一つで、政界や財界で力を持ち続けていた。今、ヴェールテ家の一人であるエストゥス・ヴェールテが副市長を務めているのも偶然ではないのだろう。


 マイヤーは質問をする。

「パーティーの参加者に犯人が居て、そいつが手を回して警察に圧力をかけて来たと?」

「そう言うことのようだ。だから、今、警察はこの事件では身動きが取れない。それで、警察長官から相談されてね。旧共和国の出身者である傭兵部隊の君らの方が旧貴族の事情に詳しい。だから、お願いしたい。以前、見た資料に、犯罪組織の “シュバルツ・スピネ” を壊滅させるために警察から軍に依頼があったと聞いた。共和国ではたびたびそういう依頼が上がってくるようだね」

 “シュバルツ・スピネ” の話は聞いたことがある。確か、傭兵部隊に所属している元賞金稼ぎのレオン・ホフマンが関わっていたはずだ。当時、その案件は政府内にも犯罪組織の仲間がいて、極秘に動く必要があって、外部の賞金稼ぎ達に依頼したという案件だ。ホフマン達の活躍で“シュバルツ・スピネ”は壊滅した。とはいえ、必ずしも今回の案件を上手く処理できるとは限らない。


 マイヤーは不安を抱えながら発言する。

「確かに帝国の方々より、我々の方がここの内情には詳しいかもしれません。しかし、先ほど言ったように犯罪捜査は素人です。上手くできると思いません」。

「上手くできなくても構わない。とりあえず警察に協力しているという姿勢を見せたいのだよ」

 なるほど、そう言うことか。警察組織もほとんど共和国時代の体制を引きついでいるが、帝国が旧共和国の組織に協力的だと見せたいということなのだろう。

「そういう事情なら分かりました」

「ありがとう、助かるよ。よろしく頼む。明日、警察本部に出向いてこれまでの捜査状況を聞いてくれ。その上で、捜査を始めてくれ」

「わかりました」

 マイヤーは敬礼をした。


 ルツコイはハッとして、少し話を付け加えた。

「こういう事件は、小説ではだいたい屋敷の執事が犯人だ」。

「司令官の推理が当たっているか証明してきます」。

 マイヤーは笑って答えた。

「よろしく頼む」。

 ルツコイも少し笑って、執務室を後にするマイヤーに声を掛けた。


 マイヤーは、執務室を出て城内を歩きながら、この “捜査ごっこ” の人選を検討した。ルツコイ司令官も警察の顔を立てるためだけにこの依頼を受けたようだから、別に何人もの人員で関わる必要はないだろう。場合によって数日で終わる案件だ。

 考えた結果、この捜査に関わるのは自分自身と、オットー・クラクスの二名で十分だろう。


 マイヤー同様、傭兵部隊に所属するオットー・クラクスは、長身で金髪碧眼の男性で二十二歳になる。ズーデハーフェンシュタットの北にある都市モルデンの出身だ。モルデンは“ブラウロット戦争”で戦場となり街は焼野原となった。オットー自身は帝国軍が侵攻してきた時、義勇兵として参戦していたそうだ。家族は戦いの前にズーデハーフェンシュタットへ脱出。自身も帝国軍との激しい戦いの後、命からがら脱出し、ズーデハーフェンシュタットまで逃げ延びた。その後、共和国が無条件降伏した後、オットーは傭兵に志願。クリーガーが“深蒼の騎士”だったということを知り、その騎士道を学びたいということで弟子入りした。モルデンでの戦闘で思うような戦いができなかったことが心残りだそうだ。いつか“深蒼の騎士”のようになりたいという。


 傭兵部隊はテログループの取り締まりや盗賊討伐の案件が多い。彼は、三か月前に傭兵部隊に入ってから、傭兵部隊の隊長ユルゲン・クリーガーの弟子となり、かなり訓練をしているようだが、まだ剣の腕が今一つなので、討伐の案件はまだ任せられない。しかし、この捜査の仕事であれば、剣で斬り合うということはまずないだろうから、比較的安心して任命できる。


 マイヤーは早速、クラクスを呼び出し、ヴェールテ家の殺人事件の捜査の案件について、ルツコイから聞いた詳細を話した。

 クラクスはこの任務にとても驚いていたが、思いのほか乗り気になってくれた。毛色の違う案件だから、難色を示すかもしれないと思ったが、彼が乗り気で助かった。

 ルツコイに言われた通り二人は早速、警察本部に出向きこの事件を担当する関係者から捜査状況の確認することにした。その上でどのようにやっていくかを考えることにする。

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