捜査10日目

捜査10日目~船旅

 クリーガー、マイヤー、クラクスの三人は朝、港へ向かう。

 クリーガーはそこから一人でオストハーフェンシュタットに向かう。マイヤー、クラクスは新聞社に行くのだが、港は近いのでクリーガーの見送りのために同行した。

 三人は昨日聞いたヴェールテ家の所有の貨物船 “ヨハン・ヴェールテ” 号が停泊する桟橋まで来た。大型だが年季の入った貨物船を見上げていると不意に声を掛けられた。

 声の方を振り向くと、その主はヴェールテ家の執事のフリッツ・ベットリッヒだった。

「皆さん、おはようございます」。

 意外な人物が現れたので、三人は少々驚いた。

「ベットリッヒさん、どうかされたのですか?」

 クリーガーが敬礼をして尋ねる。

「これをクリスティアーネ様に届けていただきたく、お願いできますでしょうか」。

 そう言うと、執事は布の袋を手渡した。袋はずっしり重く、中はガチャガチャと瓶がぶつかる音がする。

「これは?」

「貿易会社で輸入するのを検討している物で、アレナ王国産ワインです。ハーラルト様がサンプルで三本取り寄せておいたのですが、お亡くなりになってしまったので、クリスティアーネ様に品定めをお願いしようかと。彼女に直接渡していただけますか?」。

 貨物船にタダで乗せてもらうのだ、これぐらいの依頼は聞くべきだろう。

「先日の物ですね」。

 クラクスがワインの話を聞いて割って入ってきた。

「知っているのか?」

 クリーガーが尋ねる。

「先日、屋敷で見せてもらいました」

「そうなのか」。

「任務中だったので、飲んでいませんよ」。

 クラクスは弁解するように言った。

「わかったよ」。クリーガーは苦笑しながら言った。そろそろ、船の出発の時間が近づいてきた。「行くよ」。

「では、道中お気をつけて」。

 執事が頭を下げて言う。

「行ってまいります」。

 クリーガーは執事に向け敬礼をすると、舷梯を登る。マイヤーとクラクスも敬礼してクリーガーを見送る。


 クリーガーは甲板まで登ると、近くに居た乗務員に船長の居場所を聞き、船長に会い挨拶をした。その後、船員に自分にあてがわれた部屋を案内してもらった。

 そこは、ベッドがあるだけの非常に狭い部屋だ。まるで物置のようなところだが、まあ、贅沢は言えない。

 クリーガーは剣、ナイフ、荷物を床に置くとベッドに横たわる。窓はないが揺れで船はすぐに出航をしたのが分かった。出航してしまえば目的地まで丸一日やることもない。休暇がまた一日出来たと思えばいいだろう。


 クリーガーはベッドに横になったまま事件について考えを巡らせる。

 なぜ、長官は居なくなった? 長官に捜査を中止させるように言った者は誰だ。そして、それは何故だ? もし、遺産目当ての殺人としたら? 長男、次男が殺害された。妻は十分に遺産を受け取ったので、彼らの分の財産はいらないと言っていたと聞いた。そうすると三男、長女の二人が怪しいが、三男は遺産に興味が無い上に、記者としてこの事件について調べているという。ということは長女が怪しいのか? いや待て、父親も殺されていたとしたら? そうなると、妻も怪しいということになる。


 召使いのヴェーベルンは毒を盛ることを実行し、口封じで殺されたと考えている。内務局長官も謎の失踪だ。犯人は長官に捜査中止を命令させることができる人物。長官もその人物に殺された可能性があるとみるのが良いだろう。

 ヴェールテ家の長女はやはり政界につながりがあるのだろうか? それも確認した方が良い。もし、長女にも政界につながりはなく犯人でないとするなら、他の旧貴族が怪しいか。その場合の殺人の目的は怨恨か? そうなるとパーティーに出席していた百五十人が怪しいということになる。パーティーに参加していない旧貴族もいるだろう。他に会社を経営していると、仕事上のトラブルもあるだろうし、仕事上での敵もいるだろう。そう考えれば疑いのある者は無数にいる。


 本来、警察がやる捜査を傭兵部隊でやるというのは土台無理な話だ。長官の失踪の件で警察が捜査をしている。このまま、捜査を引き継いでもらった方がいいかもしれない。ルツコイ司令官は、この事件から手を引いても何も言わないだろう。


 そう言えば、クラクスにモルデンから脱出した経緯を聞くのを忘れていた。事件とは関係がないので、急ぎで聞くこともないだろうが。


 クリーガーは昼食に携帯していた干し肉を食べ、腹ごなしに甲板までやって来た。

 ここ数日は天気がいい。顔に受ける潮風が気持ち良い。クリーガーはあたりを見回すと甲板に船員と思われる人物が二人いた。彼らに話しかけてみた。

「こんにちは。いい天気ですね」。

 クリーガーは微笑んで話しかけるが、二人は固い表情のまま答える。

「そうですね」。

「任務の都合で便乗させてもらっているクリーガーと言います」。

「傭兵部隊の方とか」。

「ええ、そうです」。

「どちらまで?」

「オストハーフェンシュタットまでです」。

「そうですか」。

 二人は顔を見合わせると頷いた。

「我々は仕事がありますのでこの辺で」。

 そう言うと船内の方に入っていった。あまり歓迎されてないようだ。クリーガーは苦笑いした。まあ、一日の辛抱だ。


 クリーガーはもう一度、水平線に目をやった。穏やかな海だ。

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