捜査10日目~スザンネ・ヴェールテ
マイヤーとクラクスは、クリーガーを見送った後、ヴェールテ家の屋敷まで向かう。ちょうど執事が来ていたので、一緒に向かうことにした。執事は馬車で、それに続いて二人は馬で道を進む。
街をしばらく進んでヴェールテ家に到着する。馬を屋敷の馬屋につなげさせてもらうと、執事にいつものように応接室に通された。マイヤーとクラクスは応接室に飾ってあった絵画や石膏像などがほとんどなくなっていたことに気が付いた。そういえば、玄関にあった美術品もだいぶ整理されていた。先日、ここに来た際、執事が美術品を処分するといっていたのを思い出した。美術品の価値はわからないが、結構な額なのだろう。
マイヤーとクラクスはしばらく待った後、継母のスザンネが現れた。彼女が応接室まで出向くのは珍しい事だと思ったが、その理由は確か他の家族と顔を合わせたくないからだと言っていた。ここに住む他の家族は、もうマルティンだけだ。マルティンもあまり家に帰らないといっていたから、もう気にすることもないのだろう。
スザンネが入室すると、マイヤーとクラクスは立ち上がって挨拶した。
「おはようございます。お時間いただきありがとうございます」。
「いいのよ。どうせ暇だし」。
スザンネは気怠そうに言うと、ソファに腰かけた。それを見てマイヤーとクラクスもソファに座る。
「ヴェールテ家の方々が、これまで政府高官に賄賂を送っているということを耳にしました。それは本当でしょうか?」
スザンネは少し考えてから、口を開いた。
「そうね。昔からの習慣みたいね。旧貴族は皆やっていると聞いたわ」。
「内務局の長官にも賄賂を送っていましたか?」
「私は詳しくは知らないわ。私は政治とかには興味がないし。そういったことは、主人や子供たちがやっていましたから」。
「そうですか」。
贈賄を否定しないのか。マイヤーは共和国時代からこういうことがあるとは聞いていたが、思っていた以上に旧貴族が政府に影響を与えていたようだ。
「実は内務局の長官が行方不明となりました」。
「それが?」
「ハーラルトさんとエストゥスさんの事件の捜査を中止させたのは長官でした。その長官が行方不明になったので、事件に関係があると考えています」。
執事がトレイに紅茶を持って応接室に入ってきた。
三人分の紅茶をカップに入れてテーブルの上に置いた。スザンネはカップを手に取って一口飲んだ。それを見て、マイヤーとクラクスも紅茶を一口飲んだ。
「これは推測ですが、ヴェールテ家の誰かが召使いのヴェールベンさんを託しつけ、ハーラルトさんとエストゥスさんに毒を盛った。捜査が進むと賄賂を贈って長官に捜査の中止をさせ、さらにはヴェールベンさんも口封じに殺害。そして、長官にも疑惑が及ぶと、長官も殺害しどこかに遺体を捨てた」。
「長官も犯人の仲間で姿をくらませたのかもしれないわね?」
「いえ、長官にはハーラルトさんとエストゥスさんを殺害する理由がないと思われます」。
「ヴェールテ家の者にはあるというの?」
「はい。相続で揉めていると聞いています」。
「私は遺産の取り分には最初から満足していると言ったわよね?」
スザンネは少々大声で言った。
「それはわかっています」。マイヤーは右手のひらを上げて、制するように彼女に向けた。「ですので、長女のクリスティアーネさんか三男のマルティンさんが怪しいとみています」。
「そう」。
スザンネは自分が疑われていないとわかると静かになった。
「ヴェールテ家と政府の汚職と内務局の長官の失踪は関係あると?」
「それは、わかりません。兄弟が殺害されて、その捜査の中止命令が出ました。中止命令を出したのは長官です。その長官も失踪した。これらにヴェールテ家の者が関与している可能性は高いと考えられます」。
マイヤーは姿勢を少し前のめりにして質問をする。
「そこで、クリスティアーネさんやマルティンさんが賄賂を贈っているという話を聞いたことはないですか?」
「子供たちのやっていることには興味がないから、わからないわ。でもクリスティアーネは会社をみているから自由になる大金はあるんじゃないかしら。マルティンは夫とは絶縁状態に近かったし、さえない新聞社の給料じゃあ、せいぜい酒をおごるぐらいしかできないのでは?」
スザンネはもう一度紅茶に口をつけて言う。
「そもそも、相続が原因の殺人じゃないのかも」。
「心当たりあるのですか?」
「戦争の時、モルデンを脱出する時、帝国軍に金を渡して、他の兵士や市民を差し置いて逃げたでしょう。それでよく思ってない人もいるみたいじゃない?」
確かにそうだ、クラクスは心の中で同意した。クラクスもヴェールテ家の脱出には怒りを感じている。
スザンネは背もたれに話を続けた。
「モルデンの生き残りとかそういう人たちも調べた方がいいんじゃない?」
「わかりました。そちらの可能性も考慮に入れて捜査を進めたいと思います」。
可能性はありうる。しかし、捜査の幅を広げるのは警察に任せよう。
「ありがとうございました。今日はこれで失礼いたします」。
マイヤーとクラクスは立ち上がって敬礼をした。マイヤーはもう一言付け加える。
「もし、遺産目当ての殺人という事であれば、スザンネさんも狙われる可能は十分にあります。気をつけてください」。
「わかったわ」。
スザンネは気怠そうに返事をした。
マイヤーとクラクスは応接室を出た。そして執事にも挨拶をして屋敷を後にした。
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