捜査6日目~クラクスの捜査

 クラクスは一人でヴェールテ家の屋敷に馬で向かう。

 屋敷では、いつもの様に執事のベットリッヒが対応する。

「今日はお一人なのですね」。

「はい。マイヤーは別件があって今日は来られません」。

「そうでしたか」。

「今日は、マルティンさんの部屋を見せていただけますか?」

「でも、ヴェーベルンの遺体はもう見つかったのでは?」

「なにか家族の死に関わるものがあるかも知れません」。

「わかりました。どうぞ」。

 執事は屋敷の中を案内して進む。その後をクラクスが続く。

「マルティン様も今回の連続殺人の容疑者なのですか?」

「いえ、犯人の目途が立っておらず、あらゆる可能性を検討しているところです」。

 屋敷の二階に上がり、しばらく廊下を進むと執事は立ち止った。

「こちらです」。

 そう言うと、扉を開けた。


 クラクスは、マルティンの部屋の中に入る。数日に一回しか戻ってこないそうだが、中は綺麗に整理されていた。召使い達が掃除をしているのだろう。

 クラクスは部屋の中を見て、クローゼットの中などをくまなく調べるも特に手掛かりになりそうなものはなかった。

「ありがとうございました」。

 クラクスは礼を言い、部屋を出た。執事もその後に続いて廊下に出る。

「次に、もう一人の召使いを呼んでいただけますか? 彼女からも話を聞いてみたいのです」。

「わかりました」。

 執事は快諾した。まず、クラクスを応接室に案内した。


 クラクスは応接室のふかふかソファに深く座った。この椅子はとても座り心地が良い。金持ちは持っている物が違うと感心する。

「では、ヒュフナーを呼んでまいります」。

 執事はそういうと応接室を出て行った。クラクスは目の前の机の上にワインの瓶が三本置かれているのが目についた。

 クラクスは、物珍しさから立ち上がって部屋の中をうろうろする。壁に掛けられた絵画を見たり、台の上に置かれている、いつの時代の物かわからない石膏像を見たりした。いずれも高価な物なのだろう。オットーは裕福な家庭で育ったわけではなかったので、こういった美術品の価値は全くわからない。


 不意にクラクスは戦争中のことを思い出していた。

 ヴェールテ家はクラクスが出身の都市モルデンでも名の知れた一族で、戦前はクラクスもその名を良く耳にしていた。貿易会社を任されていた長男ハーラルトと長女クリスティアーネ以外の家族はモルデンに居住していた。

 戦争中、ヴェールテ一族は、モルデンの戦いの終盤、まさに街が陥落寸前に街から脱出した。彼らの脱出劇には謎があった。彼ら一族と一部の共和国軍兵士が帝国軍の包囲を突破し、ここズーデハーフェンシュタットまで逃げのびたということだが、いとも簡単に包囲を突破できたことが奇妙だとモルデンの戦いを生き延びた兵士や義勇兵の間で言われていた。

 確証はないが、ヴェールテ家は金にものを言わせ、帝国軍を買収したのだという噂も立っていた。それが本当であるなら、クラクスは自分たちが命懸けで戦っている一方、金の力で自分達だけ逃げ出したということに憤りを感じずにはいられなかった。

 今日はちょうど自分一人だ、クラクスはこの機会に執事に脱出の経緯を聞いてみようと思っていた。


 クラクスが部屋の中を一回りした後、ソファに再び座り込んだ。するとすぐに、部屋に執事とヒュフナーが入ってきた。

 召使いのヒュフナーは、小柄で痩せていて、髪は赤毛で肩ぐらいまで伸ばし、そして薄茶色の瞳をしていた。彼女もヴェーベルンと同じ年齢ぐらいだろうか。ということは、自分とも同じぐらいの年齢だ。

「お忙しいところ恐縮です」。

「いえ」。

 彼女はそう言うと反対側のソファに座る。執事は一旦部屋から退出した。

「緊張しないでください」。クラクスは微笑んで自己紹介をする。「私はオットー・クラクスと言います。軍に雇われた傭兵です。今回のヴェールテ家の方々の殺人が軍の機密に関わっているかもしれないということで、我々が警察に代わって捜査をしています」。

「そうですか」。

 ヒュフナーは小声で答えた。

「なにか屋敷の中で変わったことはありませんでしたか? なんでもいいです。普段と違ったことや気になったことがありませんでしたか?」

「特に何も」。

 彼女はやはり小声で答える。ヴェールテ家の人々や同僚が死んだことがショックなのだろう。もしくは、元々そう言う性格なのか彼女は言葉少なめだ。

 彼女は本当に何も知らなさそうだ。クラクスは話題を変えた。

「ヒュフナーさんは、いつからこの屋敷に?」

「戦後、ヴェールテ家の皆さんがここに越してこられてすぐです」。

「じゃあ、三か月程度ですね」。

「はい」。

「その前はどういった仕事を?」

「別の方のお屋敷で召使いをしておりましたが、そちらは戦争の影響で解雇されてしまいました。その後、しばらくしてこちらに来ました」。

「なるほど、わかりました」。クラクスはそう言って立ち上がった。「もう、結構ですよ」。

 ヒュフナーも立ち上がって部屋を出て行った。


 その後、すぐに執事が入室して来た。クラクスは目の間に並んでいたワインの瓶を指して言った。

「このワインは?」

 執事はそれを見てワインの瓶を手に取った。

「これは、貿易会社で輸入するのを検討しているワインで、南方のアレナ王国産の物です。ハーラルト様がサンプルで三本先に取り寄せて先ほど届いたのですが、残念ながらお亡くなりになってしまったので、後日、オストハーフェンシュタットのクリスティアーネ様にお送りしようと思っております」。

 長女のクリスティアーネもオストハーフェンシュタットの一族の貿易会社を継いでいた。

「そうでしたか」。

「よろしければ、試飲されますか?」。

「いえ、任務中ですので」。

「そうですか」。そういうと執事はワインの瓶をテーブルに置いた。そして、ふと思い出したように話題を変えた。

「明日ですが、ハーラルト様とエストゥス様の葬儀を執り行うことになりました。昨日、皆さんがお越しになった後、警察本部に出向き、その旨を警部さんに伝えましたら、許可を得ることができました。明日早朝に、お二人の遺体を警察本部へ引き取りに行き、そのまま墓地へ」。

「そうですか」。

「葬儀の時間は朝十時です。ウエステン第二墓地で執り行います」。

「わかりました。マイヤーは別の任務がありますので私一人で伺いたいと思います」。

「ありがとうございます」。


 クラクスはそう言った後、話題を変えた。

 戦争中モルデンで会った出来事の疑問を口にする

「ところで、ヴェールテの皆さんはモルデンから逃げ延びてきたんですよね?」。

「そうです」。

「あなたも一緒に脱出したんですか?」

「いいえ。お伝えしておりませんでしたか。私がここで働いているのは戦後からです」。

「そうだったんですね」。

「それが、どうかされましたか?」

「実は、私もモルデンに居たんですよ。義勇兵としてですが」。クラクスは睨みつける様に執事を見つめて続けた。「帝国軍の猛攻が続く中、あと少しでモルデンが陥落しそうな時、ヴェールテ家の皆さんが共和国軍の一部と脱出しました」。

 執事は無言のままだった。クラクスは続ける。

「ヴェールテ家の皆さんと脱出した兵士は、たかだか三十人ばかりでした。三十人程度であの帝国の包囲を突破できるとはとても思えません。帝国軍と裏取引したのではと考えています」。

「なるほど、そうですか。しかし、それが今回の事件とどういった関連があるのでしょうか?」

 その通りだ。クラクスはそれを言われて返す言葉がなかった。ヴェールテ家のモルデン脱出の話はクラクスの個人的な関心事だ。執事に、しかも戦後からここで働いている人物に話をしても意味はない。

「いえ。すみません」。クラクスはばつが悪そうにそう言うと、立ち上がった。「今日はこれで失礼します」。

 オットーはヴェールテ家の屋敷を後にした。

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