二着目
部室プール事件から翌日。
私_阿尾眞昼は、部室の扉の前でゴクリと喉を鳴らした。
放課後の部活。今までは、後輩の赤月小夜とダラダラ喋るだけだったけど…。
☆☆☆
先日の、衝撃的な事件のことを思い出す。
部室でポテチを食べていたら突然愛の告白をされ、「先輩を脱がします!」と堂々と宣言され、放課後に部室に向かったら子ども用ビニールプールが置いてあり、水鉄砲合戦が開戦された。
…何を言っているのかわからないと思う。私もわからない。
でも、そういうことなのである。私は事実しか述べていないのだ、残念ながら。
…一体、今日は部室の扉を開けたら何が待っているのか。
想像もつかないが、とりあえず鞄で顔面を守りながらそーっと部室の扉を開けた。
「…え…?」
なんか部室、暗くない?
恐る恐る部室を覗くと、そこには_
「怖っっっっ!!」
_真っ暗な部室の中、一本の火がついた蝋燭を前に正座をしている小夜がいた。
「いや怖っっ!え!?何!?稲○淳二なの!?!?」
突然のホラー展開に、脳がついていかない。
「稲川淳○ではないです」
「いやそれにしか見えねーよ」
電気の普及した現代日本で、蝋燭を灯して正座するの稲川○二しかいねーよ。多分。
「先輩」
「…な、何よ」
何を言われるのかと身構えると、小夜がコテンと首を横に傾げた。
「ロマンチックだなって思いました?」
「ホラーチックだなとは思ったけど!?」
ロマンチック???何を言ってるんだコイツは???
「ふむ…おかしいですね」
「おかしいのはお前の頭だ」
小夜が、不思議そうに考え込む姿勢をする。
「キャンドルはロマンチックの演出にピッタリだという話を聞いたのですが」
「あんたの前にあるのはキャンドルじゃなくて蝋燭!!」
ついでに言えば、正座して目の前に座るもんじゃない!!!
そんなのキャンドルでもホラーだわ!!!
「なんと…違うんですか。蝋燭を言い換えたのがキャンドルかと」
「何で語彙力おばあちゃんなの?」
あんた現役女子高生だよね??キャンドル位知ってるでしょフツー!?
「女性は【自主規制】の前はムードを大切にすると聞いたので…ロマンチックを演出すれば、自然と先輩が脱いでくれると思ったのですが…」
「お前の情緒はどうなってんだよ」
火をつけてみて何かおかしいなと思わなかったのか!?
暗い部屋に蝋燭一本で、ロマンチックさ感じてんの!?
「残念です。今日こそ先輩のうさぎパンツが見れると思ったんですが」
「な、なななななんで知ってるの!?」
「あれ、本当に履いてるんですね。勘で言ったんですけど」
先輩うさぎ好きですもんね、とシレッとした顔で小夜が言う。
「あ、あんたねぇ…!」
怒りで肩を震わせる私に、小夜がグッと親指を立てた。
「大丈夫ですよ、先輩。うさぎパンツでも私はOKです」
「何でお前が私を慰める展開になってんだよ!!!」
私はOKですじゃねーよ!!お前が一番NGだよ!!
「はぁ…こうなったら仕方ないですね」
「な…何すんのよ」
ため息を吐いた小夜に、私も身構える。
「召喚魔術しましょう」
…。
…。
「…は?」
数秒おいて、力の抜けた声が口から漏れた。
いや、え、何?しょ、召喚…?
「召喚魔術ですよ、召喚魔術。知らないんですか?」
「何で知ってる前提なの!?」
キャンドルを知らなくて何で召喚魔術は知ってんだよ!
「まったく…先輩の知識量には不安が残りますね。それで大丈夫なんですか?受験とか」
「マジでお前殴るぞ」
試験科目に召喚魔術がある大学があるなら教えて欲しいね。カルト教だろ確実に。
「私はバッチリ昨夜勉強してきましたよ!!」
バッと小夜が勢いよく本を取り出した。
どこから出したの、それ。
「『猿でも出来る召喚魔術』シリーズ第一作目です!名著でした!」
そういうヤバそうな本って何処で売ってんの??てか他に買う奴いんの??
目をキラキラ輝かせた小夜が、嬉々として本の中身を読み上げる。
「えーっと、色情霊の呼び出し方は…まずイメージを膨らませて…」
「帰る」
「先輩!何でですか!?」
「だって絶対ヤバそうだもん!なんだよ色情霊って!!」
「性欲を掻き立てる幽霊らしいです」
「もっとダメだわ!!」
恐ろしすぎるだろ色情霊!!色んな意味で!
「私はまだ死にたくないんだよ!!」
「大丈夫です先輩!私が守ります!」
「キリッとキメ顔してんじゃねーよ!!」
元はと言えば全部お前のせいだよ!!
「先輩!安心してください!蝋燭こんなに沢山あるんです!」
「数の問題じゃない!!」
小夜が床に積み上がった段ボールを指さした。
…待って!?これ全部蝋燭だったの!?三箱はあるけど!?
私は違う意味で頭がクラクラした。今年の…部費が…。
「えーっと…魔法陣はこんな感じでいいかな…」
貴重な部費が失われたショックで私が呆然としている間に、小夜が怪しげな魔法陣を床に敷いた模造紙に書いていた。
やっぱりお前最初から召喚魔術する気だったろ。用意周到すぎるわ。
「…何か腹たってきた」
腹の中に、ふつふつと熱い何かが込み上げてくる。
「先輩?どうし_」
「脱げとか言われるし部費は無駄遣いされるし、挙げ句の果てに召喚魔術だって…?」
ユラユラと私の背中から怒りのオーラが立ち上る。
「もう付き合いきれんわ!!全部廃棄!」
「ちょっ、先輩!まだ召喚の途中で…!」
「うっさい!」
ごちゃごちゃ言ってる小夜を押し除け、模造紙を取り上げようと手を伸ばした。
「先輩離れてください!今魔法陣を動かしたら…!」
「え?」
私が魔法陣に手を触れた瞬間、ズモモモモ…と黒い霧が勢いよく噴き出した!
「ちょっ…え…何コレ!?」
「先輩!!!」
小夜が、私を守るように覆い被さった。
そのまましばらくその体勢でいたけれど、煙が落ち着いてきた。
「さ、小夜…もう大丈夫そうだよ」
私が声をかけると、小夜がゆっくりと私から体を離した。
「少し名残惜しいです」
「あんたは全く…」
今かなり(小夜のせいで)ヤバい状況だってことわかってんのか。
ちょっとかっこいいと思ったのに、一言余計だ。
「ってか、さっきの煙何!?まさか本当に霊が…!?」
急いで魔法陣を見ると、そこにはなんと_
「か、可愛い〜!!」
_一匹の愛らしい白兎が佇んでいた。
「え、え、何でうさぎ!?」
「わかりません…私の愛が先輩を喜ばせたいという思いに繋がり、先輩の好きな動物を召喚してしまったのでしょうか…」
「意味不だけどうさぎは可愛い!!」
小夜は相変わらずサイコパスだけど、うさぎはやっぱり可愛い!!
丸々としたフォルムにつぶらな瞳、ふわふわな毛…。
「本当に可愛いけど、この状況どうしよ…。飼い主探さなきゃだよね?」
「学校で飼えないんですか?」
「どうだろ、飼育小屋はあったけど動物はいなかった気がする」
「じゃあ空きがあるってことですよね。私先生と交渉してきます」
「わ、私も行くよ!!」
_そのまま職員室に直行し、私達が全ての世話をするという条件で何とか校長の許可を得られたわけだけど…。
“どうやって野生の兎を連れてきたのか”と不思議そうに聞かれ、めちゃくちゃ焦った。
小夜がシレッと嘘を吐いて上手く言い訳してくれたけれど、私一人じゃ危なかった気がする。
☆☆☆
職員室から部室までの道を歩きながら、私は小夜にお礼を言おうと口を開く。
「小夜、ありがとね。小夜がいないと無理だったと思う」
「先輩は嘘が下手くそですからね」
「っ…!(声にならない怒り)」
コイツ、人が丁寧に感謝してるのに…!!
「まぁ、でも今回は小夜に助けられちゃったよ」
「そうですか?」
「うん」
横に並ぶ小夜の袖を、小さく引っ張った。
「さっきも、ありがとう。…守ってくれて」
やばい、改めてお礼を言うと何か照れる。
頬に熱が集まるのを感じて、私は俯いた。
「先輩っ…!!惚れました!?惚れましたか!?」
「う、うるっさい!調子に乗るな!!」
引っ付いてくる小夜を払い除ける。
「大体、部費の無駄遣いをしたことはまだ怒ってるんだからな!」
「あぁアレ、自費です」
「早く言えよそういうことは!」
「先輩が勝手に勘違いしたんじゃないですか?」
「っ…!!!(声にならない怒り再び)」
…まぁいい。
終わりよければ全てよし、だ。
これから念願のうさぎとのハッピーライフも待っているわけだし、ね!
◆◆◆◆
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