その頃はまだ知らなかったことではあるが、先生はいくつかの業界において名の通ったひとだ。


 間近で彼女の仕事ぶりを見てきた僕が、いまとなって不思議に思うのは、なぜ彼女が、北陸にある田舎の寒村を訪ねてきたのか、ということだった。先生はフットワークの軽い人間なので、おかしい、とまでは言わないが、こんな旅行者を惹きつける観光的魅力もなく、先生の依頼者になりそうなひともほとんどいなさそうな場所よりも、どんな目的であれ、もっと先に行くところがあるだろう、と思ってしまうのだ。まぁ仕事で偶然この辺りに来ていて、母と親交を深めたのをきっかけに家に招かれた、と考えるのが、もっとも自然だろうか。


 先生は、相手、場所、状況によってつねに自身の役割を変えるが、母にとっての、先生、は最初から最後まで占い師だったはずだ。母は自身の悩みを親身になって聞いてくれるひとに依存しやすい傾向があり、そんな母が先生と親密な関係になってしまうのは自然なことに思えたが、そういうところこそ母が周囲から嫌われていた一番の原因だったに違いない。


 先生は人知を超えた力を持っている。


 さすがに長く一緒にいると、先生の持つ能力が本物である、と分かってくるが、それでも一般的に言えば先生はおそろしくうさんくさい人物であり、まだ子どもであった僕でさえ最初から無条件に先生の力を信じ込んだわけではなく、懐疑的に思っていた時期はそれなりにある。


 でも母はすこしの対話で、先生を妄信するような態度を取っていた。


 先生と僕がふたりだけ、という違和感しかない空間の気まずさを破るように家に帰ってきた母の先生を見る目と、明らかに上下関係の見えるふたりの会話のやり取りにも感じたし、そもそも大して関わりの深くない相手を自宅にひとり残して出掛けてしまえる態度なんて、相手を信じ切っていなければ取れないものだ。


 こういう母が、僕は大嫌いだったし、すべてと言うつもりはないが、僕が周囲から攻撃される一因になっているのは間違いないように当時から感じていて、本当にやめて欲しい、と思っていた。


 先生とのことはいったん置いておくにしても、例えば母は市内の、もう名称も忘れてしまったが、なんたら教、という感じのいわゆる新興宗教、それもかなりいかがわしい雰囲気の団体での活動に熱心だった。先生のパートナーとして働く現在の僕の仕事もじゅうぶんにいかがわしいので、ひとのことを言えた義理ではない、と分かっているが、母の話を聞く限り、どう考えても詐欺に引っ掛かっているだけにしか思えなかった。父とはこの件でよく喧嘩になっていたのも知っている。


 当時は地下鉄サリン事件が起こって、そんなに時間も経っていない頃だったので、母の活動に対する周囲の目は特に冷たかった。


 母は周囲から受ける嫌がらせの原因を、余所者、特に都会の出身だから、と考えているようだった。もちろん閉鎖的な環境では余所者であることが嫌われる原因にはなりやすいし、きっかけは間違いなくそうだったのだろう。だけど、それはただのきっかけのひとつでしかない、と思っている。


 あそこの子とは仲良くしちゃだめよ……。


 実際にそんな言葉があったのかどうかは知らないが、嫌われる、というのはたったひとりに降りかかるばかりではなく、近しいひとにも繋がっていくものだ。


 だから僕は母の行動を憎んでいたし、母が変わることを願っていたが、僕が母と過ごした間に、それが叶うことはなかった。


 そして変わったのは母ではなく、僕だった。

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