恋も、愛も。

 翌朝、私は奇麗な内装のラブホで目が覚めた。

 横を見ると、まだぐっすり寝ているリーダーがいる。紐で縛るだけのルームウェアがはだけて、鍛えられた僧帽筋や上腕二頭筋が丸見えだ。

 ――そりゃ、『共喰い』になるわよねえ。


 2ヶ月近くも、返事をじらしていたんだし。

 私も私で、葉月さんの発言に煽られていたし。

 少なくとも、互いに恋をしている自覚はあったわけだし。


 夜に何があったかは、はっきりと覚えている。胸元にいくつもついているうっ血の痕一つ一つが、どんな痛みと共に刻まれたかまで。互いに言った『愛してる』の数まで。


 だけど私は、自分の行動を後悔していた。

 恋する気持ちが育ちすぎて、離れがたくなってしまったから。

 なのに将来の無い関係なんだと、今さらながらに気づかされてしまったから。


 枕元の時計を見ると、午前9時を過ぎようとしている。今日は不動産屋が鍵を取りに来る。だから、お昼までには帰らなくてはならない。

 黙って着替えを済ませて、静かにお金を置いて、こっそりとフロントに電話をする。

「一人、先に出たいんですが」

 その時リーダーの声が後ろから聞こえた。

「もう帰るのか」

 私は必死で笑顔を張り付けて、後ろを振り向いた。

「今日、部屋の鍵を返さなきゃいけないんで」

「じゃあ、俺も出る」

 慌てて着替えを始めた彼に、私はそのままの表情で手を振った。

「時間ないから、いいですよ」

「いやいや、ちょっと待ってっっ」

「もう行きます」

 私がドアを開けようとすると、ズボンに足を取られたリーダーが、『ビタン!』と派手な音を立て転んだ。

「大丈夫です!?」

 慌てて駆けつけると、リーダーは突然私の腕を強く引っ張った。

「ちょっ」

 私は、床に倒れる形で抱きすくめられていた。

「愛してんじゃなかったの」

 その言葉はまったく甘くなくて、必死で切実だった。逃がさないという気持ちが分かるくらい、私を締め付ける腕の力が強い。

「だって、待てないでしょ」

「その時は行くから」

「お金、どれだけかかると思ってるんですか。それに、貴方に恋している女子は他にもいます」

「葉月さんは、断った」

 私はびっくりして、リーダーの顔を見上げた。

「なんで? 職場も一緒だし、頻繁に会えるし!」

「彼女も、外資系に就職するってさ」

「ええ!?」

 思わず大声が出た。リーダーが、うるさそうに顔を背ける。

「本当は挑戦したかったけど、自信がなかったんだってさ。だけど澤村が転職するって聞いて、自分も行けるんじゃないかって思ったって。まあ、あの人は日本支社の方だけどね」

 私は呆然としていた。葉月さんは契約満了まで勤め上げて、きっとあの会社の正社員になると思っていたのに。

「『転職に成功したら、付き合ってくれ』みたいな事言われたけどさ。また待たされるのかよって思ってさ」

「――すみません」

 私が待たせ過ぎました。

「いや。そう思った事で、澤村の事なら待てるんだなって思ったから。だから」

 こんどはふわりと、やんわりを包むように抱きしめて。

「行っておいで。先の事なんて、その時に決めればいいから」


 私はリーダーの胸に顔を埋めた。理由も分からず涙が出た。

 私を許すような優しい言葉は、親からも言われた事がなかった。

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