怒涛のフルコース
リーダーは私をミーティングルームに放り込み、乱暴にドアを閉めた。そして後ろ手に鍵を閉めて、私を勢いよく机に押し倒す。
「何故だ!」
鼻息荒く問いかける相手に、私は冷静に返す。
「何がですか」
「辞表だよ! あと、あのあの、転職だ!」
頭の回っていない口調だ。この状態で説得なんて無理だな。
私は右手に握っていた鞄を手放し、中指の第二関節をせり出した形で拳を握った。それを思い切り、あばら骨めがけて打ちこむ。
「いでぇっ」
相手がひるんだすきに左肘を頭に打ちこみ、相手が手を離した隙間を縫って机の上を転がり身をかわす。
「冷静に話ができないんですか、あなたは」
私は視線をぴったりとリーダーに向けたまま、腰を落として鞄を拾った。痛そうにしながら相手がこっちに向き直る間にも、私は鞄をまさぐりペンを見つけて握り、護身用にペン先を相手に向けている。
次飛び掛かってきたら、確実に落とすぞテメエ。
「説明しろよ」
「だから、何をです」
「なんで辞めるんだ、何かしたからか? 宮田とか、――俺、が」
「違いますけど」
リーダーが言っているのは、あのキスの話だろうか。いやあれ、ぶっちゃけもう1か月は前の話じゃん。
「じゃあ、マジでなんで。この会社、そんなに嫌か!?」
「いや、今までで最高にいい所ですよ」
「なら辞めなくても――」
「挑戦しちゃだめですか」
私はかぶせ気味に応戦した。
「私だって、受かるなんて思ってなかったですよ。だって世界一の企業じゃないですか、ランクが違うって思いますよ。だけど――」
その時、私の中で何かが爆ぜた。私の心の核の部分が、私を留めようとするリーダーの熱量以上になって破裂した。
「だけど! チャンス与えられて憧れた世界へ行けるなら、失敗したって行くでしょうが! 失敗するよりも、後悔する方が苦しいじゃないですか!」
「俺は、そんなところへ行って失敗する方が怖いし、お前が失敗するのを見るのも怖いわ!」
「あんたは私のお母さんか!」
うちの母もそう言って、私の将来を自分の思い通りに変えようと必死こいてたわ!
ああ、もうめんどくせえ。敬語なんて外す。
「リーダー。いや、鈴木」
「んだよ」
「本音を言えや。『ボクのためにいかないで』って、素直に吐けや」
「え、いや」
「『なんでボクに相談してくれなかったの』、『ボクってその程度の存在だったの』って、思ってることを全部言えや!!」
「あ、あ」
私が一歩進むと、リーダーが一歩退がる。完全なる攻守交代。
今度はリーダーが会議卓に追い詰められ、もう下がれなくて身を反らしている。
「言って、いいんだな」
リーダーが、低く小さく聞いた。
「どうぞ」
「『愛してる』」
私は虚を突かれた。が。
「知っとるわ!」
「そ、そりゃそうだろうけど、少しは驚けや!」
私は頭を左右にゆっくり振った。ダメだこいつ。
「鈴木よ。あんたの気持ちがバレたのは、二人でスーパー銭湯に泊まった日じゃないの。ウイスキー専門店でばったり出会って、酔いつぶれたあんたを膝枕してやった日に、あんたは私を口説いてるの」
「えぇ? 嘘、覚えてないっ」
おいおい。口を押えて耳まで真っ赤にしてんじゃないよ。乙女か。
「てかさぁ。なんで速攻で告白してこなかったわけ? マジで遅えわ」
そう誘導したのはこの私ですけれど。
「あああ、じゃあ、今言う!!」
リーダーは姿勢を正し、私の方に一歩踏み込んだ。逆に、私が一歩退がる。
「好きです! 日本に残って、付き合って下さい!」
私は天井を見上げて顔を覆った。
「――両方は無理」
だから遅いんだってば。相手が決めた事は邪魔しちゃダメだ、だから何か決める前にやらなくちゃ。
「私が失敗して返って来るのを待つか、あんたがアメリカに来るか。それしかないんじゃないの」
だから諦めろ、と言おうとしたのに。
「待って、いいのか?」
なぜかリーダーは、私を熱っぽくじっと見つめた。
「じゃあ俺は待つ! いや待てなくなったら、俺もアメリカ行く!」
「え、え、え」
またもぐいぐい攻める鈴木、壁に追い詰められた私。
「せめて、離れないでくれませんか」
その言葉は情けないのに。
必死な声音と、切ない目線と、二人の距離と。
耳に甘い掠れた低音ボイスと、少し垂れた色っぽい目尻と、肉薄して分かる筋肉の厚さと。
なんかもう、私の中の愛だとか恋だとか性欲だとかがぐっちゃぐちゃになって、理性が焼けて溶けて消えてしまう!
「スコシ、ジカン、クダサイ」
その時の私は、そう答えるのがやっとだった。
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