君は自分の罪深さを知らない

 俺、鈴木祐介は、憂鬱な数日間を過ごしていた。

 俺と澤村が2人で外泊した事は、誰にもバレなかった。澤村が「家に帰れない」と周囲に洩らしていたのもあるし、俺が着替えを持参していたのもカモフラージュになったのだろう。

 他人の目を気にしない澤村は、まったく態度を変える事なく勤務した。俺も努めてそう振る舞った。だから、誰も俺と澤村だけの夜に気付きようがなかった。


 なのに俺が憂鬱なのは、最近の澤村がもの憂げにしているからである。

 昼食時に休憩室のソファにぐったりと身を預けて 、スマホを見てはため息をついている。窓の外の空をぼんやり眺めている事もある。

 それとなく聞こうとしても、いつものように気軽に話してはくれない。それとなくはぐらかされてしまうから、俺の胸はやけにざわつく。


 15時過ぎの誰もいない休憩室で、澤村の指定席に座って俺も外を見る。空には黒く感じるほどの雲がたてこめ、どうにも気持ちが落ちていく。冷たいブラックの缶コーヒーをあおっても、頭の中はスッキリしない。


「お疲れっす」

 声と同時に、男が隣にどさっと座った。同じチームの宮田だ。

「あれ、喫煙室行かないの」

「このご時世、禁煙した方がいいっすから」

 そんなどうでもいい話をしながら、なんとなく笑顔を作って外を見る。同じ仕事をしているのに、話題が見つからなくて気まずい。

「なんか今日、疲れますね」

 話を進めてくれたのは、宮田だった。

「ああ。天気のせいかな」

「あー。メンタルやった人って、低気圧が来ると頭痛がするらしいっすね」

「え、あれ天気関係あったの?」

「らしいっすよ。ネットニュースで見ただけですけど」

 へえ、と俺は軽く返事をした。確かに昔は、そういう事があった気がする。最近は落ち着いてるからか、鍛えているからか、体の不調はない。

「あとは、澤村がなー」

「え、何」

 意外な名前が出て、思わず宮田の顔を見る。

「あいつ、元気ないじゃないすか」

「あー、まあ」

 言いたいことは分かるが、『あいつ』ってなんだ。お前はあいつの何なんだ。

「あれっすかねぇ、また見合いの相手が泣きついて来たんすかね~」

 心の奥からざわりとする。ないと思いたいが、あり得るから怖い。

「まあでも、ああいう憂い顔の澤村って色気ないっすか?」

「いや、知らねえよっ」

 思わず語気が荒くなり、俺は慌てて手を振った。

「澤村は俺の好みじゃないしっ」

 それは事実だ。俺は甘えん坊の妹のような、目の大きな娘が好みだ。それは宮田にも猥談で話している。

「まあ、そうですけど」

 宮田は俺の焦りを別の意味だと受け取ってくれたようだ。肩を揺らして笑いながら、何も疑っている様子はない。

「俺はかーなーり前から狙ってるんですけどね、あいつ」

「え、あ、――マジで」

 口の中が乾く。そういえばこいつ、わりと澤村に絡んでいた気がする。

「誘い出して、酒飲ませたりもしたんすよ。あれは惜しかったなあ、絶対ヤレる!って思ったんだけどなあ」

「ヤレる?」

 こわごわ聞くと、宮田は下卑た笑い声を漏らした。

「失敗しましたよ。でもまだ狙ってますけどね。いい体だし」

 軽薄に笑う宮田に、俺との想いの違いを感じる。同時に、奔放過ぎる澤村への不安が募る。

「社内恋愛は、控えろよ」

「もちろん、仕事には持ち込みませんよ」

 とんちんかんな返事が腹立たしい。これは澤村だけじゃなく、唯や葉月さんにも注意の目を向けなくては。


「あ」

 宮田が、急に声を出した。

「もしかしたら、澤村が誰かに恋をしたとか?」

 心臓が激しく脈打った。薄暗い休憩室が、さらに闇に包まれていく。

「それはないか。澤村が恋とかありえねえ」

 俺は黙って席を立った。こいつ話すと、心が乱されるし腹が立つ。

「リーダー? どうしたんですか」

「頭痛してきた。ごめん、先行く」

 俺は空き缶を、わざと大きな音が出るようにゴミ箱へ力を込めて投げた。予想通りの音が響いたが、不快感は胸から消えてくれなかった。




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