友情の仮面

 会社には、そのまま車で行く事にした。一度帰るのが面倒だからだ。

 ちなみに、リーダーだけ昨日と違う服を着ている。同じ服を2日連続で着るのが嫌で、着替えを持ってきたんだそうだ。

 その衛生観念を、どうかご自分の車にも発揮して頂きたい。


 その車中、リーダーは死んだ魚の目で運転していた。ちゃんと集中できているのか心配なのだが、私を拒む空気が漂っていて何も口出しできない。


 出発から約20分後。

「澤村」

 リーダーが、やっと声を発した。

「はい」

「その。申し訳なかった」

「はい?」

 何が? 何を? 何で?

「あの後、凄く後悔した」

「はぁ」

 あの後って、キスした事か? あれって土下座で解決したんじゃなかったっけ?

「寝ている隙を狙うとか、男としてどうかなって、思って」

「いや、人としても問題でしょうね」

 途端、車が蛇行した。

「あっぶな! 大丈夫ですか!」

「本当にぃ!! すいませんでしたぁー!!」

「うるせー!! 絶叫しないで!! 私、全く怒ってませんから!!」

 ああもう、面倒くさい男だなこいつは!

「昨日も言ったじゃないですか、『1回なら不問にしたのに』って!」

 おいおい、そこで奥歯噛みしめて悲壮な顔すんな!人の話を聞け!

「世の中やっちゃいけない事はあるけど、分かっていても抗えない時だって多々あるもんでしょ! そんなの常識でしょ!」

 私なんて、あんたを押し倒して服脱がそうとしたでしょうが!

「だから、私はあんなキスの1回や2回は許します! 気にしたりも嫌ったりもしません!」

「ええ……ああ……」

 おい。何でがっかりしてるんだ。そんなに気にして欲しかったのか。

「むしろですね」

 私は、声のトーンをわざと1オクターブ低くした。

「人の寝入りっ端に何度も何度も突っつくとかいう、睡眠妨害の方にキレてるんですけど」

「そっち!?」

「睡眠大事でしょうが!! うちらは頭使ってなんぼの商売でしょ!! それともなんですか。睡眠不足にしてミス量産させて、私のメンタルぶっ壊してクビに追い込みたいんですかアンタは!」

「いやっ、話が極端だろ!」

「可能性をたどっていったら、どれも極論にたどり着くのは当然でしょうがっ!!」

 私はワザとだと分かるような、大げさな怒り方をした。ついでにほっぺたをぷくっと膨らませてやったら、やっとリーダーは安心したように笑い出した。

「お前にとっちゃ、そっちが大事なのかよ」

「私が経験者ってこと忘れてますー? 睡眠って本当に大事なんですよー?」

 リーダーは斜め上を見て、何かを思い出したようだった。

「ああ、そういうね。だからこその発想ね」

「そーそー。ていうか、自分だって経験者でしょ」


 ITという業界は、とても転職が多い。転職=スキルアップという世界だからというのもあるが、もう一つが過労や病気によるリタイアだ。

 私は働き過ぎで倒れ、リーダーは閉塞感で精神を壊した。だけど『モノを創る快感』が忘れられなくて、結局同じ業界に囚われている人間同士だ。


「じゃあ、起きてるときにやればOKなわけ?」

 軽口を叩くリーダーに、私は軽く肩をそびやかした。

「時と場合によるんじゃないですか。あ、アメリカにでも行けば、挨拶でバンバンやれますよ」

「いいなそれ、日本でも流行らそうかな」

「移住した方が早いんじゃないです?」

 二人で冗談を言い合っていたら、硬かった空気は柔らかく和んだ。

 私はバカバカしい話にゲラゲラと笑いながら、心の中でリーダーに頭を下げていた。


 ごめんなさい。

 私、あなたの気持ちを知っています。

 だけど、友達でいさせてください。

 私は友達という関係でないと、安心して甘えられないんです。

 他人に縛られる事が、怖いんです。

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