腹筋割りてえ(多重音声でお楽しみ下さい)

 <澤村サイド>

 嗚呼、極☆楽☆。


 リーダーが連れてきてくれたのは、とても大きなスーパー銭湯だった。お風呂の種類は男女ともに10種以上、料金を払えばリクライニングシートでの宿泊も可能。しかもネカフェのブース席で一泊するよりも安いときた。


 いやもう、これマジでいいじゃん。

 私も車買って、ここに通おう。

 免許取って10年経ってるから、運転技術に不安があるけど。


 そんな事を考えながら、私は女風呂を堪能していた。

 一通りのお風呂を体験した後、最後にジェットバスでマッサージを堪能する。うぐう、こやつ衝撃波が容赦なく脂肪をたゆませておる。太ったってことか。

 もうすぐ推しのコンサートもあるしなあ、ダイエットしないとなあ。

 そういえば、リーダーって見事な細マッチョだけど、あの筋肉はどうやって維持しているんだろう。ちょうどいいから、今日聞いてみるかな。

「あー、腹筋割りてー」

 私もあんな筋肉欲しい。だってヘソ出しファッションが奇麗に決まるし、瀬戸さんにナイスバディをアピールできるじゃん。



 <リーダーサイド>

 やばい。

 勢いで連れて来たのはいいけれど、運転中も正直胸がどきどきしてた。

 いや、最初は普通だったんだよ。いつもの澤村らしいキレ技でスタートして、なんとなく仕事の話をしながらスーパー銭湯に向かって。

 でも!今日の澤村、タイトスカートだったんだよ!助手席に座ったら、むっちりした太腿が丸見えだったんだよ!


 女教師を思わせる白ブラウスに黒スカート!

 そして薄いストッキングの太腿!


 そのエロさに気が付いた途端、俺の性欲が暴発しそうになったわ。

 澤村が褒めてくれた筋肉は、今ちょっとだけぽよぽよしている。だけど村上氏襲来を目の当たりにし、今日からまたトレーニングしようと心に誓った。

 とりあえず、誰もいないサウナでクランチでもやるか。

「ああ、腹筋割りてー」

 やっぱりあいつに食われたい。無理だと分かってるけども、俺はあの日の続きを夢見て止まらない!!



 <合流(語り・澤村)>

 貸し出しのピンクの湯上りウエアを身に着けた私は、男風呂と女風呂の間に置かれたソファでくつろいでいた。いやー、温泉のあとはフルーツ牛乳だよね。コーヒー牛乳もありだけど、爽やかでさっぱりした味は風呂上がりの熱を散らしてくれると思うのよ。だから私はフルーツ牛乳。

 どうせなら、残りは腰に手を当ててぐいっと行こうかなあなんて思っていたら、隣に倒れそうな男がどさりと腰を下ろした。

「リーダー? 湯あたりですか?」

「サウナで、頑張りすぎた」

 サウナで頑張るって、何を?

「とりあえず、何か飲みます? コーヒー牛乳とか」

「いや、そこにあるプロテインドリンクにする……」

 なんと。立派な筋肉を作っている人間は、常に意識高いんだな!

 自販機に向かう背中を尊敬のまなざしで見上げていたら、リーダーは私を振り向いた。

「ごめん、そんなんじゃないから」

「そんなとは?」

「――いや、なんでも」

 何の事だろうと首をひねりつつ、私は自分のフルーツ牛乳をぐいっと一気に飲み切った。うん、やっぱおいしいやフルーツ牛乳!



 御夕飯も、お刺身いっぱいの豪華なものだった。朝にはモーニングもあるらしく、もう本当にここは天国である。

「私、引っ越ししたら次は車買いますわ」

「免許持ってるのに、今まで一度も乗ってなかったの?」

「学生の頃、元彼の車で練習はしてましたけどね」

 その車は、彼の運転中に対向車と正面突して大破した。助手席に座っていた私はむちうちになったのだが、その慰謝料を彼に全額巻き上げられたのはまた別の話。

「じゃあ、俺の車で練習するか?」

「え、いいんですか?」

「いいよ。多少ぶつけられたところで、もともと中古だし」

 確かにそれはいい話だ。ペーパードライバー研修に行くよりは安く上がるし、私にとってメリットしかな……いや待て。

「断ります。だって先輩の車、汚いじゃないですか」

「ひでぇ、俺の愛車を」

「愛車ならもっと大事にしろや」

「――お前、ちょくちょく敬語が消えてないか?」

「知りませーん。あ、すみませーん、冷で2合追加!」

「おい! 明日仕事だぞ!」

「大丈夫ですー、お酒には強いんでー」


 <合流(語り・リーダー)>

「あーん、もう飲んじゃったぁ」

 澤村は、徳利を乱暴に机に置いた。

「おい、顔真っ赤だぞ」

 俺が心配して言うと、澤村はおかしそうに笑った。

「お風呂のせいかなあ? 珍しく酔ってるわ、私」

 しどけなく壁にもたれる彼女は、口調がまるで変っていた。いつもの乱暴な物言いから、女を感じる話し方に変わっている。

 理性が飛んではいないようだが、怪しい目元と相まって色気が半端ない。

「私の家系ね? 実は、酒に弱いの」

「じゃあ、飲んじゃ駄目じゃん!」

「でもねぇ、うちの代だけやたら強いの。理由はあるんだけど、イレギュラーがあるとダメねぇ。お風呂一つで、理論が崩れたわ」

 それから彼女は、黙って俺をじーっと見つめた。やたら熱っぽい視線。

 俺は生唾を飲み込む。――まさか、俺を食べたくなってくれたのか?

『ただいま大ブレイク中!○○県のご当地アイドルユニット、SHY_BOYの皆さんです!』

「瀬戸さんだぁああああ!!」

 え、誰?

 慌てて振り返ると、そこには大型のテレビがあり、アイドルらしい3人組が半裸に近い恰好で踊っていた。澤村は胸の前で手を組んで、キラキラした目で画面にくぎ付けになっている。

「いやああ、瀬戸さんやっぱイイ体ぁ! 腹筋がバキバキぃ!!」

「澤村、ちょっと」

 あいつ誰。お前の何。

「リーダー黙って! 私の推しが、めっちゃ抜かれてるから!」

「推し……ね」

 澤村って、ドルオタだったんかい。

 俺ははしゃぐ澤村の横で、しみじみと自分の腹をさすった。

 澤村は筋肉が好きだ。きっとあのアイドルにだって、あの筋肉に惚れたのに違いない。


 良かろう、ならば戦争だ。明日から本気出す。

 とりあえず、腹筋割りてえ。



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