恋するセメント袋はタフ過ぎる

 久々に、酒でふわふわした気分になった。

 従兄直伝の対策法を実践しているとはいえ、『お風呂後』というイレギュラーがあるとダメだな。アルコールの吸収が良すぎて、分解が追い付かないや。

「そろそろ行くぞ」

 リーダーに促されて、私はこくりと頷いた。――つもりが、がくんって感じで頭が落ちた。首の筋肉すらも、まともに操れない。

「ったく、しょうがねえな」

「うぅ?」

 リーダーは私を左肩に背負い、レストランから連れ出してくれた。おい、そこはお姫様抱っこじゃないのかよ。背中しか見えないよ。

「何これひどぉ」

「酔った人間はぐにゃぐにゃしてっから、これが楽なんだよ」

「ううー」

 これじゃあ、色気もなければ恋も生まれないじゃないのよ。

 てか吐くぞ? この、意外と筋骨隆々な広い背中に、胃の内容物ぶちまけちゃうぞ?



 ちょっと困らせてみたくて、お酒を多めに飲んだだけなのに。

 気の許せる人だと思ったから、甘えてみたかっただけなのに。

 普段が普段なもんだから、いつも上手くいかないや。



「大丈夫かー」

「だいじょおぶじゃないもんっ」

 ふてくされた口調を吐いたら、なぜか自分の中がぞわりとした。今の私、やけにかわいいんですけど。自分にまで妙なダメージ来てるんですけど。

「んだよ、それ」

 リーダーの返事は声が低くて、かすれがちで、欲情の声音を含んでいた。直後に薫った男の汗に、私の理性が揺さぶられる。

 やばいな。今の私、この人とどうにかなりたいと思ってる。


 ――でも私、肩に担がれてるねん。セメント袋みたいに。

 どうやって押し倒せっちゅうねん。いや、なんで私が襲うの前提やねん。


 悶々としていると、リクライニングシートの前でそっと降ろされて、それから慎重にシートに座らされた。

「ほら、気をつけろ」

 丁寧に頭を背もたれに据えられて、脚までも綺麗に揃えられて。あれ、なんじゃこりゃ。良くできた孫に介護されるば一さんの気分なんだが。

「じゃ。しっかり寝ろよ」

 リーダーはとんとん、と私の肩を叩いて、あっさり私から離れていった。うぉい!道徳的にも良くできた孫だな!頭を撫でると失礼にあたるからって、あえて肩を選ぶとか紳士か!


 ……ま、しゃーねーか。

 明日も会社で顔合わす仲だしな。

 そもそも私も枯れてるしな。

 いやでも、今日はちょっと潤ったんじゃないの?いや、ちょこちょこ店員さんとかアイドルとかには恋してたけど、相手の欲情に呼応しちゃったりとか、この人と共にどうにかなりたいとか、理性持ってかれるほどの『恋慕』は学生以来じゃない?

 私は目を閉じ、久々の『恋』を反芻した。最後に紳士の顔を見せるなんて、くすぐったくて笑いそうよ。手を出されるよりソソるじゃない。


 私がいい気持ちで寝入ろうとした時。

 柔らかいものが、そっと唇に触れた。

 1回。

 2回。

 3回――!?

「何回やっとんねん!!」

 飛び起きたら、やっぱりリーダーがいた。

「いや、寝てると思って……ごめ……」

「お詫びの言葉ははっきりと!」

「すみませんでしたっ」

 流れるようなビューティフル土下座。いや、そこまでしろとは言ってない。

「せめてキスは1回で我慢しなさいよ。だったら不問にしてやったのに」

「え? ええと……はい……」

 小さくなって正座しているリーダーを見ていると、なんだかおかしくなってきた。いや、もとより脇の甘い仔犬みたいな人だけど、紳士をやりきったのに結局ワンコに戻るとか、かわいいかよ。

 私は少し笑った。リーダーが顔を上げ、上目使いにこっちを伺っている。

 私はしっしと手を振った。

「明日早いんですよね、寝ますよ」

「あ、うん……あの」

「まだ何か」

「嫌いに、なったよな」

「いや別に」

「えっ」

 たった一言で目が輝くとか、分かりやすいな。

 私は大きくあくびをした。

「こんくらいの事故、大人なら2度や3度はあるでしょ。ではおやすみ」

「いっいやいや、事故じゃなくて俺はっ」

「お・や・す・み!」

 恋に酔うのはいいけどな!その前に明日仕事やねん!大人なら、その辺わきまえるのが常識じゃろがい!


 私はぐっすり寝た。

 早起きして、朝風呂も堪能した。

 しかし、モーニングバイキングに現れたリーダーはというと。

「……」

「リーダー、寝癖凄いっすよ」

「……おう」

「クマ酷いんですけど、寝ました?」

「……」

 恋の悪夢に侵されたのか、目の焦点が合っていなかった。

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