誘う以前の問題。

 私は結局コンビニで缶コーヒーを買っただけで、それ以上寄り道をせず会社に戻った。

「どーしたの、青い顔して」

 着席直後に声をかけてきたのは、同僚の宮田さんだ。お忘れになった方もいるだろうが、第一話で私を口説こうとした『あの』宮田である。

「いや、今日家に帰れないって事に気づいちゃって」

 うちのカギは、キャリーケースに入れてビジホに置いてきた。つまりビジホに行かないと家には帰れず、でもビジホに行くと村上氏と鉢合わせする可能性が高い。

 村上氏は母と繋がっている、目撃情報だけでも洩れたら面倒な事になる。

「どしたの、鍵なくしたとか?」

「それに近いですねー」

 鍵屋さん呼ぼうかな。でも高いんだよなあ、あれ。

「じゃあ……うちにくr」

「ネカフェに泊まりますわ」

 私はかぶせ気味に突っぱねた。誰が第三の脳股間に忠実な男の部屋になんて泊りに行くかい。



 終業後、私は駅に向かいながらスマホで食べ物持ち込みOKのネカフェを探していた。ネカフェ飯は嫌いじゃないが、スーパーの割引弁当の方が安く上がる。引っ越しも視野に入れると、少しでも安く上げた方が良い。

 ――ていうか、なんで部屋が決まるまでビジホに連泊しようとか考えたんだ私。よくよく考えたら、村上氏さえやり過ごせば家に帰ればいいんじゃん。

 当然の事に気が付いて、しばし呆然と立ち尽くす。馬鹿か。私は馬鹿なのか。

「おつかれっ」

 突然、頭を後ろから小突かれた。

「ちょ!?」

 振り返ると、リーダーが手提げ鞄を左肩に引っ掛けるように持って立っている。

「なんだ、びっくりした。おつかれっす」

「おい、ホテル帰るんだろ。一緒に行こうや」

「いやそれが……帰れないんですよね……」

「なんで」

「村上さんも、同じホテルだったんですよ」

 リーダーの顔が何故かひきつる。私は私で、頭を掻きむしる。

「あの人に中でうっかり出会って母に情報が漏れるのも嫌だし、母に謝れとか説教されるのも面倒だし。だからホテルには帰りたくないけど、家の鍵はホテルの部屋に置いてきたし!」

「いつも思ってたけど、色々抜けてんなお前」

「言わないで……それ痛感してるから……」

 ああもう、本気で自分が情けない。

「だからネカフェに泊まろうと思って、探してるんですけどね」

「ネカフェはあるけど、この辺のところはシャワーないぞ?」

「ええええええ!?」

 ないの!? 髪がべたべたになるから、絶対入って寝たいんだけど!!

「あの、銭湯とか温泉とかはっ!」

「車で行くような場所にしかない」

「嘘だあああああ!」

 ここってそこそこ都会のくせに、そういう所はうちの田舎と同じとかどういう事よ!

 仕方ない、ここはこっそりとビジホに戻るしか――

「なんなら連れてくぞ。俺、車あるから」

「マジで!?」

 お風呂に入れる! しかも多分、家より大きなお風呂に!

「お願いします! お礼は特にしませんけど!!」

「しろよ! 口だけでもいいから『いつかお礼します』くらいは言えよ!」

「じゃあ、約束できないくらい未来にお礼します」

「こいつは……まあいい、ついてこい」

 わーい、おっふろーおっふろー♪

 その時、どこからかぼそっと声がした。

「チョロすぎる……」

 ん? 誰がチョロいのかな?



 ――などと浮かれていたのは、リーダーの家に着くまでの話で。

「リーダー」

「おう」

「私、この車のどこに乗れと」

「助手席以外ないだろ」

「ゴミだめに座れってんですか、あんたは!」

 リーダーの軽ワゴンはゴミだらけであり、助手席は弁当の殻やらペットボトルやらで溢れていた。

「速攻ゴミ袋を3つほど持ってこい! ついでにコロコロ、なければガムテープもじゃ!」

「お前な、俺はお前のリーダーなんだぞ」

「文句を言う前に動きなさいっ!!」

 誘える状態にないのなら、最初っから誘うんじゃねえええええええ!

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