枯れてる女
3連休の二日目は、唯ちゃんを誘って日帰り温泉に行った。
「唯ちゃん」
「はい?」
「淑女になったねえ……」
「なんですか、それは」
だって、酔うと私を口説いていた唯ちゃんが。
怪しい手振りで私に迫っていた唯ちゃんが。
一緒に真っ裸で露天風呂に入っているのに、何もして来ないんだもの!
そんな人間をなんで温泉に誘ってんだと言われたら、ボッチ属性の私には他に誘える人間がいなかったからだけど。
「ああ、まーそのー。 ――その節は、大変ご迷惑をおかけしました、ハイ」
「いいってことよ」
愁傷に謝れるって事は、今が幸せだって証拠だ。ならばお姉さんも、全てを許そうではないか。
「澤村さんは、男方面で何かありました?」
「いやアナタ言い方」
相変わらずあけすけだな、この娘は。
「あ、いいっす。何もないんすね」
「あったわ。失礼な」
「ええ!? あったんですか!?」
……この驚き方、恋バナでキャーキャー言う感じじゃなくて、あり得ないものを見たような驚き方なんだけど。
「あったけどなあ。求めている方向と違うんだなあ」
私は石で組まれた浴槽のへりに頭を預け、体を口のすぐ下までお湯に沈めた。
「また面倒くさい事考えたんじゃないですか? これは愛じゃないとか、これは恋じゃないとか」
「うー」
ご名答。
「澤村さんの考え方、軽い娘ならまだいいですけど。澤村さんは、めっちゃ重たい人なんですからね。それじゃあ恋も結婚もできませんよ」
「できるよ。彼氏いたし」
「それ、自分から告白しました?」
私は何も言えず、とうとう口もお湯の中に浸けた。告白した事もないわけじゃないけど、お付き合いまで行ったのは向こうから来た方が多かったような。で、相手の本性を知っては振るの繰り返し。
「体から始まる恋にだって、愛はありますから」
私は少し考えて、肩まで浮上した。
「アナタが言うと重みが違うわ」
なにせ唯ちゃんは、浮気相手と結婚した人だもんな。もう浮気相手じゃないか、旦那さんだな。
「始まるのかなあ、体からでも」
「試しに押し倒せばいいんですよ」
得意げに鼻を高くした唯ちゃんを、私は羨ましく眺めた。
「もう押し倒したんだけどねえ」
「えっ、マジで?」
「なんか向こうが盛り上がっちゃってて、私は何にもないんだあ……」
「やっぱ枯れてますよ。澤村さん」
枯れてる。
その一言が胸に刺さって、私はぶくぶくと頭の先までお湯に沈んだ。
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