『性欲』しかない。だから『性欲』はいらない。

 目を覚ましたら、俺は彼女の部屋にいた。

 いつの間にか裸にされていた俺に、彼女が肉食獣のような顔でのしかかる。

 男の俺が抵抗しても、なぜか抜け出すことができない。

 彼女は妖艶にほほ笑み、俺に唇を寄せた――


 ※※※※※※※※※※


「――とか妄想してんのかね、この男は」

 私は、私の膝の上で気持ちよさそうに寝ているリーダーの顔を見る。

 店はとっくに閉まってしまった。お店の人に手伝ってもらい大通りまでこのデカブツを移動させ、歩道でこのバカを膝枕させてやりつつ、タクシーが流れるのを眺めている。

 タクシーは酔っ払いを乗せない。リーダーが目を覚まさない限り、絶対に止まらない。それを知っているから、私はタクシーを止めずにいる。



 しっかしこいつ、明らかに私に惚れちゃってるよな。

 勘弁してくれよ。いや、自分が原因なのは分かっている。色事を寸止めしてしまえば、人っていうのは簡単に恋に落ちるものだ。過去にもそういう経験はあった。


 だけど私は知っている、性欲は絶対に恋じゃない事を。

 子供時代、私はよく性犯罪に逢っていた。レイプ未遂は1度や2度ではないし、ストーカーも一人や二人じゃなかった。下は小学生から上は立派な大人まで、どういう訳かつけ狙われた。

 でも問題はそこじゃない。

 思春期の頃に、父のエロ本をこっそり見て興奮した記憶。それも男性の裸体だけじゃなく、悶える女性の表情にゾクゾクしてしまった記憶。

 その瞬間に理解したのだ、私の中に『異常な何か』が存在すると。そしてその予感通り、私は時に我慢できず手を出しそうになり、必死で止めるのだ。リーダーにやらかしてしまったように、


 私は、そういう自分が嫌いだ。

 他の欲望には忠実に生きたいと思うけれど、性欲、てめえは駄目だ。

 てめえが真っ先に反応した以上、この男は伴侶に向かん。


「いい体してるんだけどね」

 ちゃんとジムに通っているのか、指でなぞる胸板はあの夜と同じく引き締まっている。お腹も三十路にしては真っ平だ。腹筋が割れているのが、ワイシャツの上から触っても分かる。

 この体を愛でたいと思うと同時に、だから『愛せない』と分かる自分が痛い。自己陶酔なのだろうけど、それが私という人間だ。


 私は上を見上げ、大きく深呼吸をした。性欲に負けた顔なんて間抜けなだけだ、こんな観賞用ナイスボディに見られたくない。

 私はリーダーの両頬をひっぱたいた。

「リーダー、起きて下さい。リーダー!」

 もぞもぞと鼻を動かして、やっとリーダーは目を開けた。

「いつまで寝てるんですか、起きないとタクシー止まってくれませんよ!」

「ああ、悪い……」

 私はリーダーの頭をぽいっと投げるようにして、膝の上からどけた。転がる相手をあえて無視して、さっさと立ち上がりスカートをはたく。

「じゃ、お疲れ様でした」

「え? 一緒にタクシー捕まえないの?」

「私は歩いて帰れる距離なんで」

 ひらひらと手を振って、さっさと道を先に進む。

 歩いて帰れる距離ったって、1時間以上は歩くんだけどね。――まあ、それも有意義な休日ってもんだよ。

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