私を愛する、私の休日

 いつもと違う音のアラームに、私は気怠く目を開ける。宮つきベッドの棚に手を伸ばし、コードを手繰ってスマホを寄せる。

「マジか」

 画面に表示された時間は、13時を少し越えていた。今日から代休含めて3連休とはいえ、ちょっと寝過ぎた感。

 ――後悔してる場合じゃないや。

 私は勢いよく飛び起きた。今日からの3日間は、有意義に過ごすんだから。


 今日の格好は、カジュアルなデニムワンピースに白のレースカーディガン、スニーカー。職場ではつけないイヤリングをして、髪もラフに下ろしている。ノーメイクが通常の私だけど、休みの日は日焼け止め乳液と色つきリップで少しだけオシャレする。

 本当はかわいい格好が好きなんだけど、昔から「男勝りなお前には似合わない」と揶揄されて辛かった。だから私は、自分が一人の時にだけ、自分の勇気が出る範囲で女子を楽しむ。

『誰にも見せないからこそ外見に気合を入れる』ってこの気持ち、男女問わず分かってもらえないのよねぇ。……今日も、絶対に誰にも会いたくないわ。


 まずは、予約していた映画に行く。

 映画と美術館は、一人で行くに限る。誰かが横にいると、観る事に集中できないからだ。特に映画は、泣くとからかってくる人がいるから本当に嫌。涙を馬鹿にされると、余韻もくそもあったもんじゃない。

 今日もいい映画だった。ハンカチがぐじゃぐじゃになっちゃったよ。


 軽くメイクを直して、お洒落なカフェに行く。さっき見た映画のパンフレットを眺めつつ、温かいローズブレンドティーを楽しむ。

 職場ではブラックコーヒーばかり飲む私だけど、実は紅茶の方が好きだったりする。特にフレーバーティーがお気に入り。

 バラの香りって、女性ホルモンを整える効果があるらしい。そのせいか、ときめくのにとても落ち着く。やっぱ私、男性ホルモン優位になりすぎてんのかな。毎日毎日、突っ走ってる気がするもの。


 それから、最近できた流行りのコスメショップにボディクリームを買いに行く。このお店はアロマグッズがメインで、私が一番好きな香りはバーベナ。塗った瞬間涼しいのと、柑橘系の香りが安らぐんだよね。職場でも気づかれる事がないので、普段使いにもちょうどいい。

 店内をくまなく見ていると、ガラス製のアロマペンダントを見つけた。色合いが琉球ガラスのようなすっきりした青で、お店の香水瓶と同じ形だ。上部のキャップを外して、中に精油や香水を入れるらしい。

「かわいい~」

 思わずつぶやいて、慌てて口を押える。一人ってこういう所がダメよね。独り言が増えちゃう。

 ……とりあえず買おう。ついでにさっぱりした香りの精油も一緒に買って、さっそく身に着けて街歩きしよ。


 もうすっかり日も暮れて、私はちょっとお高い目のバーに一人で入った。

「あーーーー沁みるーーーー」

 注文したのは、日本のウイスキー響のロック。めっちゃ高いけど、めっちゃ美味いのよね。

 私は、お酒も一人で飲むのが好き。だって会社の飲み会って、みんな酔いに行ってるでしょ。酒は嗜むものであって、憂さを晴らすための刺激物じゃないっての。ゆったりジャズでも聞きながら、ロックかストレートをちびちびやるのが一番よ。

「……まだ匂うな」

 私は自分の胸辺りを嗅いで、ちょっと後悔していた。お店に入る前にアロマペンダントは外したのだが、服に思いのほか香りが残っている。オレンジグラスの香りだからそこまで浮く匂いじゃないけど、やはりこういう場所で匂いをプンプンさせているのはよろしくない。

 今日はこれ飲んだら帰ろうかなあ。


 明日は朝掃除して、昼前にお出かけして食材買って、久々に料理しようかな。そういや放置してるイラストがあるなあ、あれを仕上げるのもいいかもな。お天気が良ければ、海を見に行くのもいいな。


 そんなことをウキウキしながら考えていた、その時。


「まさか、澤村?」


 私の全身の毛が、一気に逆立った。恐る恐る振り返ると、そこには目を点にした、見覚えのあるスーツ姿の男が!


「リ……リーダー……お疲れ、様です……」


 職場の人間に、プライベートの私を見られた。



 嗚呼。

 最。悪。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る