おやつを食べればいいじゃない

「澤村さぁん、イイじゃないですかあ」

「やだよ」

「一度だけお願いしますぅ! 絶対満足させますからぁ!」

「いーやーだ!」


 チーム内の飲み会の席で、私はまたよっぱらいに迫られていた。

 ……なんか私、そういう星回りなのかな。いやもう本当に勘弁してほしいんだけど。


 今回の参加者は全員で5人。リーダーは欠席しているが、他に3人も男性陣がいる。なのに、彼らは私達を見て笑うばっかりで、助けようともしない。

 理由は簡単。

「唯ちゃん! 何度も言うけど、私は女に興味がないから!!」

 同性に絡まれているからである。

「たまには女同士もいいですよぉ? テクは絶対保証しますからぁ☆」

 男性のようなショートカット、いつも決まったパンツスーツ、私よりはるかに高い身長。そこいらの男よりも美青年に見えかねない唯ちゃんの暴挙は、いやらしさと真実味がないだけ危機感が周囲に見えない。

 だがな!さすがに歳を重ねて色々あったお姉さんの肌は、さっきから恐怖で粟立っとるんだが!!

「澤村さぁん、安心して身を任せて下さいねぇ? そのおっきな胸に、思いっきり顔を埋めさせてくださぁい?」

「だから! 胸を揉むジェスチャーやめなさい! それともう酒飲むんじゃねえ!」

 逃げまくる私を、男子共は腹を抱えて笑っている。

「おう行け行け、押し倒せ!」

 私は、そう発言した男子に思いっきりガンを飛ばした。てめえは明日から塩対応じゃ、コードの書き方聞きに来ても、二度と教えるか!!



 その30分後。

「唯ちゃん。生きてる?」

「うげぇ……」

 唯ちゃんは、トイレの個室を占拠して吐いていた。便器にべっとり抱きついて、色白な顔を更に青くしている。

「なんで理性が飛ぶまで飲むのよ」

 酒が強い私は、唯ちゃんのお世話をしていた。色々迷惑はかけられたとはいえ、男子は女性トイレの個室に入れない。だから私が介抱するしかないのである。

「飛ばしたかったんですぅ……記憶も……」

 力なく、唯ちゃんが呟く。

「ダメでしょ。そんな飲み方してたら、依存症になるわよ」

「……澤村さん……あの……黙って聞いてくれます?」

「何を」

 私を襲おうとした上に、何を引くことがあるんじゃい。

「三号君に……プロポーズされて……」

「ふーん。――うぇ!?」

 私は黙って聞こうとして、結局変な声を上げてしまった。

 唯ちゃんは、以前酔った時に言っていた。自分には本命の彼氏がいるが、なかなか会ってくれない事。その寂しさを埋めるために、何人もの男をつまみ食いした事。その中でも上玉の男を、二号・三号としてキープしてること。――彼らは、本命の存在を知ったうえで唯ちゃんと『恋人ごっこ』をしてくれているということ。

 まるで武勇伝のように。だけど、理解されない痛みで自傷するように。


 唯ちゃんは、自分の恋と性欲は別物だと分かっている。

 だけど唯ちゃんが『おやつ』にしていた相手達までもが、そういう人間とは限らない。


「私、こんな男みたいな女だから。全然嬉しくないんですよ、迷惑なだけなんですよ。もう堕ちるところまで堕ちないと、こんな風に勘違いされてしまうんですよ」

 ……だから女の私まで襲おうとしたってのか。迷惑だからやめてくれ。

 私は左手て背中をさすりつつ、右手で彼女の頭を撫でた。

「プロポーズされて悩むだなんて、乙女よねぇアンタ」

「乙女じゃないですよ、男みたいに盛ってるクソですよ」

 彼女らしくもなく、はっきりした口調で否定する。彼女の抱えた傷が仄見える。

「性欲の強さなんて、人それぞれだよ。私なんて、1か月は何にもないわ」

「えぇ……枯れたんですか?」

 おい。憐れむような目で見るな。まだ枯れてないわ。

「で、なんで悩んでるの? 断ればいいんじゃない?」

「三号君いないと……親友っぽい人、いなくなるから……」

 私は思った。もうこれ、答え出てないか。

 だけど黙っていろという仰せだし、自分で決めるべき事でもあるし。

「どっちを選べば幸せになれるか、難しいよねえ」

 と、適当に相槌を打っておいた。



 それから数か月経ったころ、私と唯ちゃんは今人気のカフェに来ていた。

「うっわ、マジでっかいっすねwww」

「ガチでバケツだよバケツwww」

 爆笑しながら、スマホで写真を撮りまくる。ここの大盛パフェはSNSでも超人気で、ブリキのバケツにクリームとフルーツがてんこ盛りになっている。はっきり言って、一人で食べちゃいけない量である。

 撮影に満足した私たちは、早速パフェにがっついた。やっべ、この生クリームの下に隠れてるカスタードクリームが超うめえ。

「で、唯ちゃんの報告って何」

 私は飾りのチョコにぱきっと噛り付いた。実は私、彼女に呼び出されて来たのである。

「えーとですね……その、改めていうの恥ずかしいんですが……」

 なんだ。柄にもなく恥じらっちゃって。

「私、結婚することにしたんです」

「は!?」

 ちょ、びっくりしすぎてスポンジ口から落としちゃったじゃん!

「え、相手は本命、さん?」

「いえ――三号君、って言ってた人」

「おお! そっか!そりゃ良かった!」

 私もそれがいいと思ってたんだ、だって本命さんって実態が見えないんだもの。

「やっぱプロポーズが決め手な訳?」

「うーん。そうと言えばそうなんですけど」

 彼女はアイスクリームを大口で頬張り、口の中で溶かして飲み下した。

「あの後、本命さんがやっと来てくれたんですよ。確かにすっごく嬉しくて、お世話とか色々頑張っちゃったんですけどね」

 彼女はペースを落とさず、イチゴを掬って口に入れた。あ、それ私が狙ってたやつ。

「『俺が来ただけで満足だろ』って態度してるの見て、つまんねえなと思っちゃったんすよ。私が何をしてもお礼を言わない、私を楽しませようって気持ちがない――うーん、一緒に楽しもうって気持ちが、正直ベッドの上以外でないんすよ」

「普通にクズやないかい」

「確かにクズですねえ」

 彼女はくすくすと笑った。

 この数か月で柔らかいイメージになったよな、この子。今日は薄いピンクのカーディガンなんて着てるから、余計にそう見えるのかも知れないけど。

「それで、澤村さんを呼んだのには理由があってですね」

「うん?」

「婚姻届の証人をお願いしたいんです。――お互いに一番の友人に頼もうって話になったんだけど、私、澤村さんしか思い浮かばなかったから」

「え?」

 固まってしまった私を見て、唯ちゃんは不安そうな上目遣いになった。

「あの、駄目ですか」

「いや。私なんかでいいの?」

「荒んでた私を笑わないでいてくれたの、澤村さんだけですから。嫌われようと無茶な甘え方もしたけれど、全部受け止めてくれたし」

 私は、飲むたびに襲ってくる彼女を思い出していた。あれは試し行為だったのか。性的にだらしない自分はいつか嫌われるのではと、怯えていたのかもしれない。

「いいわよ。でも、一度その『元・三号』に会わせてね。結婚の証人になるのに、片方しか知らないなんて私は嫌だし」

「もちろんです! ありがとうございます!」

 彼女は嬉しそうに頭を下げた。



「……ところでこのパフェ、全然減らないんだけど」

「そうですね、中までみっちりとフレークだのパフだの仕掛けてありますよ」

「この後、ステーキ屋誘おうと思ってたけど、これは無理だわ……」

「もういいんじゃないですか、完食しましょうよ、コレ」

「なら、ウイスキー頼んでいい?味変したい」

「……どこまでも呑兵衛なんですね、澤村さん」

「酒は別腹だから」

「……人の事は言えませんが、依存症にならないで下さいね」




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