「女」とかいう愚かな妄想
実家の母が、お見合いを決めてきた。
最初は勝手に決めやがってと腹が立ったが、こういう出会いもありかと思い直した。
てなわけで、本日は地元のホテルでお相手とご対面である。
「いい? 女は大人しいのが一番なんだから。何か言われてもだまーってニコニコして、しっかり気に入られて来るのよ!」
私の後ろでぐだぐだ言っているのは、恥ずかしながら母である。母は24で結婚し、25で私を産んだ。当時はそれでも晩婚だったらしく、30過ぎての結婚が珍しくない今でも『女の旬は二十歳まで』と信じて憚らないバカ……いや世間知らずである。
「あんたみたいなオトコオンナなんか、気に入ってくれる男性なんてそうそういないんだから! いつものあんたは引っ込めて、しっかりお淑やかさをアピールして、選んでもらってきなさい!」
つくづく、うちの母は娘を貶すのが好きだ。だけどあんたの娘にはつい最近まで彼氏がいたし、職場で上司に体の関係を迫られる程度にはモテているんですけどね。
あんたと違って、男に囲まれてチヤホヤされる事にまーったく興味がないだけです。
『あとは若い者二人で』という言葉のあと、私は彼と和室に二人残された。
といっても、背後から強い視線を感じている。多分母が監視しているのだろう。
下世話だ。つくづくうちの親は下世話だ。
「えっと……静か、ですね……」
相手がうつむきがちに小声で言う。
うむ、ひょろっとした眼鏡青年だ。しかしどうにも酷いデザインの眼鏡だな。スーツはきちんと着こなしているし、釣り書きにあった通り地方大手の営業マンのイメージそのままなのに。
私は黙ってニコニコしておいた。普段の自分を隠せっていう仰せですもの。『男性は異星人だって思ってまーす』という、うちの母同様のバカの仮面をつけておく。
黙ってるだけの女なんて、誰も選ばねえよ。
ところがだ。
「あの、出身大学が○○女子大とのことですが」
「は?」
「事前に頂いたPRに、そう書いてありましたけど……学部は、どのような……」
「……」
後ろを振り向くと、ばっちり母と目が合った。母は反省するどころか、ジェスチャーで『合わせなさい!!!!』と目いっぱいの圧をかけてきた。
――あのババア。私の学歴、未だに恥だと思っていやがんのかクソが。
私は天井を向いて、大きく息を吐いた。予想外の動きに、男性は妙にびくついている。それがまた、激しく私の癪に障る。
もういいわ、この前時代の仮面うぜえ。私は私のやり方でいく。
「それ嘘ですね。私の出身は××工業大学化学科です」
「え、え?」
そりゃ驚くだろうな。あんたの出身校よりは有名だし。
「ちなみに、職業なんて書いてます? あのババア」
「ババ……○○スーパー本社事務、です」
「おいおいww」
もう笑うしかない。大笑いするしかない。
「私、XX系列の子会社でシステムエンジニアをやっております。名刺、渡しましょうか?」
「あ、……はい……」
バッグから自分の名刺を取り出して一枚渡すと、相手はじっと見つめて固まってしまった。まあ、親会社は世界的有名企業だからな。子会社はそこまで凄くないけど。
「男性の多そうな、職場です、よね」
相手が値踏みするような顔をしてきた。世間知らずがここにもいたか。
「4分の1は女性ですよ。同期は男女半々かな。エンジニアって言ったって、コンピュータ相手ですから知識だけあればやっていけるし」
「いやでも、理系は男の方が有利ですし、大変では……」
嗚呼。こいつ駄目だな。
私が自分よりも劣っている可能性を、必死で探してる。
女である私が、自分の上にいるわけがない確固たる証拠を探している。
「男女差なんて気にした事ありませんよ。それに、プログラムってほとんど言語なんです。言語能力は女性の方が優れているって説もありますし、お互い協力すればちょうどいいんじゃないですか」
「そんなもん、ですか……」
じっと俯いていた相手は、おずおずと顔を上げた。
「こんなに有能な方なのに、どうして、格下の僕とお見合いなんか……」
「いや格下て、あなた」
私はこの人がかわいそうになってきた。
この世は平等だよ。格なんてないよ。
いったい、この眼鏡でどれだけ歪んだ世間を見てきたんだよ。
「恋愛も性欲も関係ない、末永く愛を育める相手を求めているんです。だけど私は、あなたやあなたの親が求めている女性とは、かなり違うでしょうけどね。――ちょっと散歩しません? ここ、無料で使える足湯があるんですよ」
相手を促して和室から出ようとしたら、バタバタと逃げる足音がした。
うちの母だろう。人を詐欺に巻き込みやがって、帰ったら絶対にシメる。
私は釣り書きに嘘があった事を理由に、お見合いをこちらから無効にした。母が私のメンツを潰すなだとか次がなくなるだとかうるさかったが、それは自業自得だ。友達減ったところで死ぬわけじゃなし、それくらいの罰は甘んじて受けろ。
そんな事件も、私の中では笑い話になってきた頃。
会社のメルアドに、見知らぬメールが1通届いていた。
『お友達として、お付き合いさせていただく事は可能でしょうか』
名前を必死で思い出すが分からない。が、地元企業の名が入ったメールアドレスで察しがついた。
「ああ、お見合いした人か」
オトモダチとは、どのようなオトモダチだ。てか何があった? 仕事の絡みか? 親の差し金ではないよな、多分。
さんざん悩んだ挙句、私はこう返事をした。
『いいですよ、私を女だと意識しないで下さるなら』
送信したら、やたら肩が凝った。――男は別に異星人じゃないけれど、偏見を持った人間はみんな異星人だわ。何考えてるか分かんねえ。
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