筋肉は正義

 異性にのしかかられて、相手は目を白黒させていた。

「え? 何?・・・これどういうコト!?」

「黙って下さい、こっちも余裕ないんで」

 そうしてネクタイを外し、ワイシャツのボタンに手をかけようとする。



 ここまで書いといてなんだが、襲っているのは女の私。

 襲われているのは、美しい『肉体』のチームリーダーである。




 昼間のポカを埋めようと一人残業しているところに、何故かリーダーが戻ってきた。

「外、すっげえ雨だよー」

 駆け込んできた彼は、確かに全身がびっしょりだった。体が冷えて寒そうだったので、私はカバンからタオルを出して彼に渡した。

「使って下さい」

「あ、ありがと。用意いいね?」

「天気予報で言ってましたから。風邪ひくから、一度脱いだ方がいいですよ」

 そうアドバイスして、私は紙コップの自販機に行った。寒そうなリーダーにも一杯差し上げようと、両手にホットコーヒーを持って部屋に戻った途端。



 美しく鍛え抜かれた逆三角形の背中が、艶めかしく濡れたワイシャツを纏って立っていたのである。



 理性を保てたのは、コーヒーを溢さないよう手近な机に置いたところまで。そこからは本能剥き出しになり、・・・結果、冒頭に至るという訳だ。


 すっげえ襲いたい。

 すっげえ食っちまいたい。

 この性欲の赴くまま、目の前の筋肉を貪りたい。


(いや待て)

 私が反応したのは、この素晴らしい筋肉だ。

 私は自他ともに認める筋肉萌えだ、しかもスーツに隠されていたこのお宝は、ギャップのせいもあって攻撃力が半端ない。


 しかして萌え対象に手を出すのはアリか?否、大罪だ!

 萌え対象は大切に慈しみ、末永く愛でるのがファンの掟だ!

 たとえ萌えたのが筋肉『だけ』だとしても、筋肉を維持して下さる持ち主ごと守らねばならない!!




 私は理性を取り戻した。押し倒していた床からよっこらせと立ち上がり、ネクタイを返す。

「すんません、筋肉があまりにも素晴らしいので、我を忘れてしまいました」

「あ…あ? あ一、もしかして、筋肉フェチ、なの?」

「ハイ!超が付くくらい!」

 握りこぶしをぐっと固めて、即答。

「もうね、リーダーの僧帽筋とか、モロ好みです! いやもう、マジ理性ヤバかった!」

「へえ・・・ふーん、そうなんだ~、この良さ分かってくれる人いたんだあ」

「ハイ♪」

 まぁなんとか、私の失態は水に流して貰えた。良かった。


 まだ少し温かいコーヒーを二人して飲みながら、筋肉談義に花が咲く。タイムカードはもう押したが、リーダーのスーツが乾かないので時間潰しだ。

 ちなみにリーダーはパンツ一丁に私の膝掛けを羽織っている。『筋肉を愛でるしか興味がない』と力説したので、なんとか信用して頂けたようだ。

「リーダーみたいな細マッチョは、やっぱりギャップ萌えしますね。でも、バランス考えて鍛えないとすぐ太くなりますよ。太股はご立派ですもん、ランとか増やした方が良くないです?」

「詳しいな。君、相当な細マッチョ好きだね」

「うーん、そっちも好きなんですけどね。プロレスラーの太い筋肉と程よい脂肪の体も、抱かれたい!ってくらい好きなんですよねえ~」

 昨日見たプロレス番組を思い出しうっとりしていると、リーダーは変な顔をした。

「なんか、系統真逆じゃない?」

「細マッチョは尊すぎて、私が抱けません」

「・・・それも男女が逆のような」

 私は小さく笑った。

「男も女も、中身は同じですよ」

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