その愛はいらねえ!

 どんな土地にも、追っかけが発生するような有名人が存在する。

「瀬戸さーん! 愛してるー!」

「きゃー! こっち見てー!」

 ここはうちの地方のFM局。ブースから爽やかな声でお便りを読んでいるのは、この土地きっての人気者、瀬戸匠さんである。本業は俳優だが、ユニットを組んでアイドル活動もしている。ユニットで一番の長身であり、一番のイケメン『らしい』彼には熱心なファンが多い。

 ちなみに私、人の顔には全く興味がない。だから瀬戸さんがイケメンかどうかは全然分からん。でも着衣の上からでもうっすら見える筋肉に、それ故に深く響く美声に、さっきから正直キュンキュンしっぱなしである。

 はいすみません。私も追っかけの一人です。


 FM局見学からの帰り、私は彼氏と待ち合わせてレストランでデートをした。

 うちの彼も、周囲に言わせると渋イケメンらしい。渋いったって私と同じアラサーだ、表情はまだ青い。でも確かに手足が長いモデル体型なので、何を着ても様になる。

 ただ問題が、ワードローブの中身が全部元カノが選んだ服ってところなんだけど。私と付き合って1年経つのに、彼が新しい服を買う気配はない。もう襟とか擦り切れてんだけど。

 そういえば、こいつ瀬戸さんと同じくらいの背丈だな。あの人が好む服を着せたら、結構似合うんじゃなかろうか。

 私は食べていたハンバーグの手を休め、鞄からスマホを取り出した。ファイルマネージャーから『瀬戸フォルダ』を開き、ちょっと物色した後画像を表示する。

「ねえ飛鳥」

「あん」

「あんた、たまにはこういう恰好してみたら?」

 私が見せた画像を見て、彼はステーキを食べる手を止め眉間にしわを寄せた。

「こいつ誰」

「瀬戸匠さん。FMラジオのパーソナリティもやってる俳優。私ファンなの」

「……お前、俺がいるのに男追いかけまわしてるワケ?」

「は」

 何言ってんだコイツ。

「なんで俺以外の男の写真、大事に保存してるんだよ。俺との写真はどうしたんだよ」

「今の流れで、なんであんたの写真が出てくんのよ」

「俺の元カノじゃあるまいし、他の男の写真隠してんじゃねえよ!」

 熱くブチ切れた彼に対し、私の心はすうっと冷めた。

「おい。私がいつ写真を隠した」

「今まで隠してただろうが!」

「隠してねえから見せてんだろうが。てかお前こそ、なんで元カノがくれた服ばっか着てんだよ。別れて何年経ってんだ、ボロボロだろうが」

「はあ? お前の趣味を押し付けるな、それに浮気男の恰好なんてできるか!」

「だから浮気じゃねえつってんだろ。まだ疑うんなら、今すぐ瀬戸匠でggrksググれカス

 すると彼は己の正義を示すかのように、盛大に派手なため息をついて席を立った。

「とにかくな、その浮気相手の写真は全部消しとけ」

「んぁ!?」

「トイレ言ってくる」

 私の頭に血が上った。が、やはり直後にすうっと冷めた。

(潮時やな)

 私は伝票を掴んで席を立ち、レジで二人分の食事代を払い、そのままビジホに直行した。留守電に一言「お前と別れる」とだけ吹き込んで、彼の番号を着拒にした。


 それから連日、彼からはしつこいほどのメッセージが届いた。正直腹立たしいが、何かの証拠になると考え全部取っておいた。

『ごめんなさい』

『やっぱ浮気か!』

『お前も元カノと同じか!』

『お願い戻ってきて!!!』

『なんで家にいないの……?』

『あの男のところか!クソ×××が!』

『心配だよ、連絡ください』

 それを通知欄だけでサラッと確認する傍ら、とっとと次の部屋を見つけ引っ越した。いやあ、彼が私を監視したいがために共有した、位置情報が役に立った。おかげで彼の生活圏外の部屋を探すことができた。もちろん私の方は、別れの直後から共有を切ってあるけどね。

 しばらくして、また彼からメッセージが入った。

『瀬戸匠調べました。本当に芸能人でした。ごめんなさい』

『元カノと買った服は、全部捨てました。もう制服とパンツしか残っていません。だから戻ってきてください、僕を君色に染めてください。君を愛しているんです』

「きも」

 私は通知で確認した後、鼻で笑ってブロックした。とっくに片付いた新居のソファにスマホを放り投げ、床にどっかと座りながらテレビのスイッチを入れる。

「それは私の欲しい愛じゃねえっての」

 画面では、ご当地アイドルとしてやっと全国で認知された、瀬戸さんのユニットがライブをしていた。



 日本には、2つの愛が存在する。

 今の日本人に最もなじみがあるのは、キリスト教の愛『アガペー』。

 もう一つが仏教の『愛』。執着からくる自他を苦しめる感情や行為全般である。悪意の一つに数えられ、だから仏教には愛を懲らしめる愛染明王という神が存在する。

 日本人の心には、今も二つの愛が入り乱れている。しかし『愛=美しい』という図式は定着し、真っ黒な欲望を愛と言って信奉するバカは減らない。


「まあ、今更どうでもいいか!」

 私はテレビの前でペンライトを振りつつ、コンビニで買ってきた缶ビールのプルタブを快音と共に開けた。ライブ鑑賞には、やっぱビールだろ!

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