恋と愛と性欲は別(腹)

多賀 夢(元・みきてぃ)

恋と愛と性欲は別(腹)

 恋愛って単語が嫌いだ。

 日本には無かったLoveを、『結局は色恋って事やな!』と下世話なジジイが翻訳したせいだ。お陰で欲望を分類できないバカが、自分の粘着性を「愛しているから」と正当化しやがる。

 今夜も痴漢に尻を触られた私は、電車が揺れたタイミングで思いっきり相手の脇にに肘を入れて八つ当たりした。

 人を掻き分け逃げていくハゲを睨みながら、心の中で吠えた。

 宮田、てめえもあの痴漢ハゲと同類じゃ!


 今から時間を戻す事、1時間。

「澤村さん、なんで酔わないのさぁ?」

 私は、世間で言うところのイケメンらしい宮田さんに、個室タイプのバーで迫られていた。奢ると言われて、空腹の私はノコノコ従ったのが運のつきであった。

「何でと言われても、私しゃ酔えない体質でして・・・って近い!宮田さん顔近い!」

「ふふー、怯えた顔カワイイ~」

 駄目だ、襲う狼の方が酒に呑まれとる!

「俺さあ。澤村さんに触れたかったんだ」

 嫌がる私の耳に、低く掠れさせた声で宮田さんが囁く。

(やばっ)

 体の芯が蕩ける感覚。こいつ、自分の魅力を熟知していやがる。

「ねえ。俺と愛し合おうよ。俺は澤村さんをずっと抱きたかった。分かる? 俺の秘めた恋心。職場だから隠すしかない辛さとかさぁ」

 語る間も、宮田さんは私の腿を、腰を、指先でなぞり続ける。私はたまらず大きく息を吐いた。その瞬間小さく笑った奴の頭に、私は自分が頼んだロックのウォッカをぶちまけた。

「なっ!?」

 相手がひるんだ隙に、私はするっと席を抜ける。

「ごめんなさーい、宮田さんの頭に腕が当たっちゃった♪」

「え、あああ、え?」

「店員さんにおしぽりとタオル借りてきますね。宮田さんも飲み過ぎてるし、今日はお開きにしましょうね」

 走り出す私を追おうとした宮田さんは、個室のソファから立ち上がれず崩れた。・・・酒強いアピールしてきたから、しこたま泡盛を飲ませておいて良かった。


 私は宮田さんの髪や服を拭いてあげ、お詫びにお会計も私が持って、更にはぐでんぐでんの宮田さんをタクシーに乗せて見送った。相当な出費になったが、自己防衛費だと思えば安い。

 だけど体を触られまくったのも腹が立つし、何とか間に合った終電では痴漢に合うし。

 てか、本当にたかが性欲を愛だの恋だのと美化すんな!ヤりたいんなら風俗行け、もしくは自家発電しろやバカ野郎!


 むしゃくしゃしながら最寄りのコンビニに行くと、「いらっしゃいませ」の声にときめいた。

(彼だあああ!)

 レジにいたのは、大学生らしい雰囲気の素朴な青年。やぼったい見た目だけど、君にはそのままでいて欲しい。だって髪とメガネを変えるだけで、一気に美青年に進化しちゃうもの。悪い虫がついちゃうわ。

 私はお弁当とお茶を取り、レジに向かった。マニュアル通りに受け答えしていた彼が、レシートを差し出し微笑んだ。

「今日も残業ですか?その、お疲れ様」

「あり、がと。でも、疲れては、ないよ」

 アドリブが照れるのか、頬を染める彼。

 そんな彼にときめいて、顔が熱い私。

 私と彼は、互いを見てどちらともなく笑った。


 これこそが恋よ。万葉の時代から『恋すてふ』と歌われた気持ちよ。

 帰り道、私は彼の愛を感じたくて、お弁当の温もりを確かめた。帰ったら早速食べよう。お酒とつまみでお腹張ってたけど、これは別腹よ。



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