口先だけの恋人


『あ、もしもし?』


 突然かかってきた一本の電話。いつもの彼からだった。


「なに、どうしたの?」


 私は声をワントーン上げて答える。


 ……こんなことをしても無駄だって分かってるのに。


『声、聞きたいなぁって……忙しかった?』


「ううん、大丈夫」


 本当は既に布団の中にいて、今すぐにでも眠りにつきたいけれど、咄嗟に嘘をついてしまう。


『良かった……俺、君の声大好きだからさ、聞きたくなっちゃうんだよね』


 へへ、と照れくさそうに笑う彼。だけど多分これも嘘。暇つぶしにちょうどいい私の名前を履歴からたまたま見つけて、なんとなく人恋しさに電話を掛けてきたといったところだろう。


「嬉しい、ありがとう」


 口先だけの言葉だと分かっていても、自然と声のトーンが上がってしまう。


 ……バカだなぁ、私。


 彼は私のことが好きではない。


 それは前から薄々感じてはいたが、ここのところはその予感が確信に変わってきていた。


「……私も大好きだよ」


『んー、10連引くかぁ……』


 今だって彼は、私の声なんて全くもって聞いてなくて、スマホゲームに夢中になっている。


 だいたい電話するといつも「会いたい」なんて言うくせに、当日になって迎えに来たこともないし、「大好き」なのに抱きしめられたこともない。


 そもそも本当に「大好き」ならゲームのついでで電話なんてかけてこないし、話だってちゃんと聞いてくれるだろう。


 それが分かっているのに彼から離れることが出来ないのは、私がダメな人間だから。


 その綺麗な顔に騙されて、恋に落ちてしまったから。


 想えば想うほど、辛くなるのは私だけで、彼にとっての私は都合のいい暇つぶし。その関係に満足してしまっている私が悪いのだ。


『会いたいなぁー、次いつ空いてる?』


 ゲームのローディング時間だろうか。彼は暇になると私に話を振った。


「うーん、今度のどよ……」

『え、ちょっ……確定演出じゃん!』


 「土曜日」すら言わせてもらえなかった。


 ……彼は私なんかより、SSRのキャラクターに会いたいみたい。


 布団の中の温度が、一気に冷めていくのを感じた。


 私には電話一本でいつでも会えるけど、SSRのキャラクターには何万も課金して、数パーセントの確率勝負に勝たなければ会えないらしいから、彼らに会えた感動はひとしおだろう。


 その後は会う約束を取り付けることも忘れたのか、彼は無言のままゲームを続けていた。私は冷えた布団の中で、そのゲーム音だけを聞きながら眠りにつくこととなった。


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