首領 ダニエル・ホルツ

 大陸歴1658年3月11日・旧国境ズードヴァイフェル川付近


 今朝は気温が低く、吐く息が白く濁る。

 マリア・リヒターは、早朝、モルデン近郊でクリーガーの部隊の野営地から出発し、馬を急がせた。馬上でクリーガーにもらった地図を改めて確認する。この距離であれば、夕方には目的地に到着できるだろう。


 かつて、帝国と共和国の国境であったズードヴァイフェル川の手前、街道から少し入ったところに共和国の国境警備隊の兵舎の焼け跡があるとのことだ。

 道中は何の問題も無く、進むことが出来た。以前なら帝国軍の者が良く往来していたようだが、今日は誰ともすれ違わなかった。

 国境近くに着くと、改めて地図をよく見て道を進むと、言われたとおりに兵舎の焼け跡があった。兵舎とは言え、焼け焦げた黒い柱が何本か立っているのみだ。地面には兵士たちが使っていたのであろう、割れた食器や武器などが散乱したままだ。


 マリアは付近を見回したが、人の気配は感じられない。

 しばらく待てば、相手が現れるとクリーガーが言っていた。気長に待とうと思ったところで、何かが空を切る音がした。次の瞬間、顔の近くを矢がすり抜けた。

 マリアは驚いて体を反らせた拍子に、バランスを崩し、落馬してしまった。素早く体を起こし、剣の柄に手をやった。

 矢が飛んできた方向に目をやると、近くに数名の人影が見えた。全く気配を感じなかったのに。


 マリアは声を上げた。手荒い歓迎に、怒りで言葉が荒くなる。

「共和国軍の残党か?」

 それに答える様に相手の一人が尋ねた

「何者だ?」

「私は、クリーガーからの依頼で手紙を持って来た者だ。ダニエル・ホルツという人物を探している」。

「クリーガーから?」

 男が近づいてきた。その服装は、見覚えがあった。かなりボロボロになってはいるが、共和国軍の制服だ。彼らが残党で間違いなさそうだ。

「そうだ」。

「手紙を見せてみろ」。

 男はさらに近づいて手を差し出した。その男の顔には、火傷の痕があるのが目に入った。マリアは手紙を指し出し、男はそれを受け取った。


 男は手紙を開き、注意深く文章を読んでいる。そして、読み終わった後、口を開いた。

「間違いなくクリーガーからの手紙のようだな」。

 男は、手紙を折りたたんだ。男が手紙を読む間にマリアは、怒りが治まって少々落ち着いていた

「私がダニエル・ホルツだ」。

「手荒い歓迎でした」。

 マリアは自分の体を見まわして確認した、幸いけがはしてないようだ。

「申し訳ない」。

 ホルツは頭を下げた。

「以前の手紙に君のことも書いてあったが、君がフルッスシュタットのマリア・リヒター君か。君も以前、共和国軍に居たとか」。

「そうです、首都防衛隊に所属していました」。

「クリーガーも確か首都防衛隊に居たようだが、彼とは古い仲なのか?」

「いえ、知り合ったのは戦後です」。

「そうか。では、クリーガーに伝えてくれ。まずは、伝令の件、ズーデハーフェンシュタットに戻る時期が不明な件は了解した」。

 ホルツは手紙を改めて開き、再びざっと読んでから、もう一つの用件について話を始めた。

「そして、我々がテレ・ダ・ズール公国とつながりがあるか、という話だが。繋がりはない。公国が侵攻して来ようとしてくるという話も、この手紙で初めて知った。しかし…」。

 と、言って顎に手を当てて話を続ける。

「これは、いい機会かもしれんな。各都市の帝国軍が移動して、兵力が減っているとすれば、反乱を起こしても鎮圧が困難ということだ。どの程度、兵力が減っているかにもよるが…。良い話を教えてくれた」。


 ホルツは意を決したように、顔を上げてマリアに話した。

「手紙の内容は了承した。クリーガーには何かあったら、また連絡をくれ、と伝えてくれ」。

 マリアには、彼の表情が少々明るくなったように見えた。

「わかりました」。

 改めて敬礼をして、マリアは馬に乗り、その場を後にした。

「道中、気を付けてくれ」。

 マリアの背中からホルツが声を掛けた。


 マリアは、任務が完了したことを使えるために、クリーガーと合流することになっている。一足先にヤチメゴロドまで移動し、彼の部隊が追いついてくるのを待つことにした。

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