リヒターへの依頼

 大陸歴1658年3月10日・モルデン~フルッスシュタットの中間地点


 早朝、我々は、フルッスシュタット近郊での野営地をたたみ、出発した。次の目的地はフルッスシュタットとモルデンの中間地点あたりの草原に野営する予定だ。


 今回、馬での移動は、私と副長のオットーとプロブストの三人のみだ。ほかの隊員は徒歩で移動している。以前は馬で弟子との三人の旅でズーデハーフェンシュタットからアリーグラードまで四日間の旅だったが、ほとんど全員が歩兵の部隊のため、馬に比べると進みが遅く約六日かかって到着の予定だ。

 普段、行軍の訓練もしているが、今回は訓練より距離が長い。

 オレガが少し心配だが、大丈夫だろうか。彼女は部隊の中でも最も若い。今回の遠征はソフィアにオレガの様子を見てくれるようにお願いしてある。


 部隊は無事に進軍し、夜のとばりが降りたころ、予定の地点の草原に到着し、その場に野営地を設置した。

 私は、指令室として利用しているテントで、ある人物を待っていた。

 しばらくして、部隊の歩哨に連れられてやって来たのは、金髪を肩のあたりで切りそろえ、少々痩せてすらりとした女性。年のころは三十歳ぐらい。今日は腰から剣を下げていた。

 その女性の名は、マリア・リヒター。彼女は元共和国軍の兵士であった。私と同じ首都防衛隊であったが、当時は面識がなかった。彼女は戦後、フルッスシュタットの酒場でウエイトレスをやっていたのを、昨年、そこの酒場のマスターの紹介で知り合った。彼女の夫も共和国軍に所属していたが、“ブラウロット戦争”の“グロースアーテッヒ川の戦い”で戦死していた。


 私とマリアとは、知り合って以降、定期的に手紙をやり取りしている。彼女には、来るべき反乱の際、フルッスシュタットでの指導的な役割をすることを依頼している。彼女の積極的な活動によりフルッスシュタットは小さな街だが百名ばかりの共和国派がいるという。


 元共和国軍の残党の中心人物で、ダニエル・ホルツという男がいる。彼は来るべき共和国の復興のため、各地の反乱のための指導者と連絡を取り合っている。

 私も時が来たらズーデハーフェンシュタットでの反乱の指導者として立つことになっている。

 ホルツとは定期的に連絡を取り合っているが、今回の急な出撃のため、ホルツはこのことを知らない。そこで、マリアには、今回の件で、ホルツとの連絡係を依頼するつもりで、昨日のうちに伝令を使ってここに来るように指示していた。これは遊撃部隊の誰にも知られないように、極秘任務であるということにしている。帝国軍での私の現在の立場上、なにか極秘任務を扱っていても誰も妙だとは思わないだろう。


「クリーガーさん、お久しぶりです」。

 マリアは、そういってテントに入ってきて、敬礼をした。

「リヒターさん、わざわざご苦労様」。

 私は軽く敬礼し、話を始めた。

「お元気そうです何よりです」。

「クリーガーさんも」。

「マスターも元気ですか?」

「はい。あの人は元気だけが取り柄ですから」。

 マリアは笑って見せる。


 私は椅子代わりにしている木箱を指して、座るように促した。彼女が座ったのを確認すると本題に入った。

「早速だが、今回、来ていただいたのは…」。

 私は声を少々小さくした。声が外に漏れて聞かれるのは良くない。

「私は、今、この部隊から離れて行動することができない。なので、ホルツに伝言をお願いしたいのだ」。


 私は今回の依頼内容を簡単に伝えた。

「急な出撃命令で、ズーデハーフェンシュタットで会う予定だった彼の伝令とは会うことができなくなった。その旨を伝えてほしい。また、我が遊撃部隊の行き先が首都で、私のズーデハーフェンシュタットへの帰還の時期は今のところ不明あることも伝えて来てほしい。後は、ホルツがテレ・ダ・ズール公国と繋がりがあるのかどうかの確認だ。今回の公国の動きは、おかしいと言わざるを得ない。兵力の劣る公国が、わざわざ帝国に侵攻しようとするか。誰か手引きしている者がいるのではないかと疑っている者も居る。もし、そうなのであれば、その手引きしている者がホルツかどうか確認したい」。

「なるほど、わかりました。ホルツさんの居場所は?」。

「地図を描くよ。旧国境の近くだ」。

 私は言って、簡単に地図を描いて説明した。

「街道の近くに国境警備隊の兵舎の焼け跡がある。そこでしばらく待っていると、先方から姿を現してくれるはずだ。私の名前を出して、私の代わりにホルツに会いに来たと言えばいいだろう。そして、この手紙を渡してほしい。内容はさっき話したことが書いてある」。

「わかりました」。

 マリアは地図と手紙を受け取って敬礼した。

「では、明日、早朝に出発します」。

「よろしく頼む、今夜は野営地にテントを用意させるから使ってくれ」。

 私はテントを出て近くの歩哨に、新たに一つテントを張ってマリアに使わせるように命令した。

 マリアもテントを出て、薄暗い松明の光の中、足元に注意しながら歩哨について行く。

 もう一人兵士が加わって、二人でテントを立ててくれる。

 しばらく待ち、茶色いテントが立つと、マリアは二人に礼を言った。


 テントに入る前、マリアは、空を見上げた。夜空には無数の星が輝いていた。

 三年前、“ブラウロット戦争”での敗戦後、共和国軍は解体された。その時、士官たちは処刑や収監されたが、一般兵士の多くは武装解除された後、解放された。マリアも一般兵だったので、そのまま解放された。その後は故郷のフルッスシュタットで生活し、酒場でウエイトレスの仕事をしていた。マリアはそれを少々退屈に感じていた。


 昨年、クリーガーから共和国復興の話を聞いた時は胸が躍った。ぜひ参加させてくれと言い、積極的に仲間集めに奔走した。

 そして、今回のクリーガーの任務の依頼をもらったのは嬉しいことだった。共和国軍の残党で、共和国派のリーダーであるダニエル・ホルツにも会ってみたかった。

 マリアは、この任務が共和国復興への第一歩になると感じていた。そして、共和国復興を遂げることが、夫への本当の弔いになるだろう。

 そして、剣を持つなんて久しぶりのことだ。マリアはその重さを確かめるように剣を抜いて見つめた。

 マリアは、共和国再興という自らの意志を再度強く念じた。

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