旧共和国派 マリア・リヒター

 大陸歴1658年3月10日・フルッスシュタット


 マリア・リヒターは旧共和国の首都・ズーデハーフェンシュタットから馬で一日ほどの位置にあるフルッスシュタットに住んでいる。この街は古くから宿場町として栄えていた。

 共和国が帝国より占領された後は、旧共和国の市民は都市間の移動は禁止された。そういった理由でこの街では一般の旅人は減り、代わって帝国軍や帝国政府の関係者が宿場町を利用していた。

 昨年までは、首都での翼竜による襲撃事件があり、その犯人捜しで多くの調査団らしき軍の者たちがこの街を訪れていた。しかし、その事件が解決したあとは、その調査団が来ることが無くなり街は少し寂しくなった。帝国軍はいけ好かないが、この街の人々が食っていくためには旅人の訪問がないとなかなか難しい。


 リヒターは“ブラウロット戦争”までは軍に入隊しており、ズーデハーフェンシュタットの首都防衛隊に所属していた。軍で知り合った夫と結婚していたが、夫は“ブラウロット戦争”の最後の戦闘、“グロースアーテッヒ川の戦い”で戦死した。戦後は共和国軍が解体されたので、リヒターは故郷でもあるフルッスシュタットへ戻り、そこで一番大きな酒場“ブラウワ・スターン”でウエイトレスとして働いていた。


 昨年、彼女と同じように旧共和国に所属していて、帝国軍の傭兵部隊の隊長として働いていたユルゲン・クリーガーと知り合った。最初、彼に会ったのもこの酒場だった。その時、彼は前皇帝から呼び出され、帝国の首都・アリーグラードに向かう途中だった。約一か月後に二度目に会ったときは、彼は再び首都に向かう途中だった。その時の彼は翼竜を操る首謀者を命がけで倒し、“英雄”としてまつり上げられて、国中に喧伝され始めていた。

 その時に彼からの依頼でこの街の旧共和国派の連絡役として働かないかという誘いがあった。モルデンの近くで旧共和国軍の残党が潜伏しており、共和国の復興のため、旧共和国領内の都市や街で反乱のための組織作りをしているという。 “帝国の英雄”と呼ばれる彼が、共和国復興のために密かに活動しているということに驚きを隠せなかった。しかし、リヒターはクリーガーからの誘いに乗った。


 酒場“ブラウワ・スターン”のマスターのガンツも旧共和国派としての仲間だ。クリーガーが二度目の訪問のときに、リヒター同様にガンツも仲間に誘われていた。帝国の関係者の訪問がほとんどなくなった今では酒場は密かに旧共和国派の会合場所などに利用されている。

 酒場の客がすべて活動の仲間というわけではない。密かに帝国のスパイが混ざっている可能性も考えて、会合や連絡は慎重に行われている。


 リヒターは今日も酒場“ブラウワ・スターン”に出勤するため自宅を出た。

 開店前の酒場に到着すると、いつものようにすでにガンツが来ていた。店内のカウンターのところで、見慣れない男と彼を話をして居るのが見えた。

「やあ、来たね」

 ガンツは、リヒターを見るといつものように明るい声であいさつした。

「こんばんは」。リヒターは、彼と一緒にいる人物を見て質問した。「こちらは?」

「彼は、クリーガーの部下で今日は急な用件で君に依頼したいことがあるとのことだ」。

「はじめまして」。若い男は敬礼した後、依頼について話し始めた。「新しい指令が出て、遊撃部隊は、帝国首都に向かうことになりした。急な指令なので、ホルツとの定期連絡が取りづらくなるとのことで、彼との連絡係をお願いしたいとのことです。もうすぐ、この近くに部隊が到着し野営します。もちろんクリーガー隊長もおります。まず彼のところに赴き、彼の指示に従っていただきたいと」。

「そうですか」。

 リヒターは少し考えるようにうつむいた。その様子を見てガンツが声をかけた。

「店のことは心配するな、何とかするよ。最近は客も少ないしね」。

 リヒターはそれを聞くと顔を上げて答えた。

「わかりました。その任務を引き受けます」。

 遊撃部隊の男は、到着する予定の位置をリヒターに伝えると先に酒場を後にした。

 リヒターはガンツに言って、武器などの準備をするために、一旦、自宅に戻ることにした。


 こういう事があることを常に想定していたので、心の準備はできていたが、実際に依頼が来るとなると、何か落ち着かない。

 しかし、ゆっくりとはしてられない。完全に日が落ちる前にクリーガーがやってくるという地点まで移動しなければならない。

 剣を腰に下げ、荷物を持って家を出た。馬屋で馬を連れ出すと鞍にまたがる。そして、馬の横腹を蹴ると馬は目的地に向かって出発した。

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