「あら。なんの乾杯?」


「おい。おまえの命日なんだよ。本人出てきてどうするんだ」


「古いわ。もう戸籍も新しくしたし、脚もついてない」


「幽霊なら足はついてないな」


「違うわよ。しかたないじゃない。仕事なんだから」


「死ぬような仕事が、そんなに大切なのか?」


「大切よ。正義の味方は、わたしのアイデンティティだから」


「仕事と俺なら、どっちをとる?」


「女みたいなこと言うのね?」


「女だからな」


「仕事」


「はあ」


「わたしが仕事を放棄すると、街がなくなるもの。街がなくなれば、あなたもいなくなってしまう。だから、仕事よ」


「そうですか。ご大層でございますこと」


「なんで拗ねてるの?」


「俺は何回、あと何回、おまえが死ぬのを見ればいい」


 沈黙。


「おい。黙るなよ」


「ごめん」


「謝るなよ」


「じゃあどうすればいいの?」


「そうだな」


 沈黙。


「どうしようもないじゃない」


「たしかにな。どうしようもない。どうしようもないんだ」


 仕事の関係でよく死ぬ恋人。それを待つ自分。


「まあいいや。とりあえず、今夜はおまえがいる。それだけでいい」


「手頃な安心ね」


「乾杯」


「乾杯」


 グラス。月が反射する。


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saloon. (moonsalto) 春嵐 @aiot3110

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