第02話『だから、ヒューマシンの乗り方。教えてよ』
「正気か? いや、死ぬ気か?」
いや、別に。珍しい話でもない。ちょっとゴブリンで活躍すれば、自分でもやれるんじゃないかって村の若者が俺に弟子入り志願なんてよくある話だ。
本当によくある話なんだが、その上で。普通に村一番の別嬪となれば珍しい。
「死にたくないから、貴方にお話ししているんです」
「……やめとけ、碌な生き方じゃないぞ?」
ヒューマシーンを駆る傭兵なんて、吟遊詩人や活版本でまるで勇者の様に主役を張るが実際はそれほどいいものじゃない。
昨日知り合って笑った相手と、今日剣で切り合うなんて日常茶飯事。
負けて逃げるならまだいい方、それこそ真っ当な連中は1年も持たない。
それこそ代々エルフ乗りをやっている本物の騎士な家柄とか、勘が良いとか運が良いとかそういうのが無いと駄目だ。
多少力があるとか、魔術の才能があるとか。その程度ならすぐに死ぬ。
その辺に転がっているゴブリン乗りの盗賊ですら。普通の村なら一番の力自慢や、一番魔術が使えるみたいな連中ばかり。
「それこそ、そんな美人なんだから。良い男でも捕まえろって?」
こちらの言葉を先回りしてくる辺り、この娘さんは勘は悪くないらしい。
「一応考えては見たんだけど、まぁ並の男じゃ釣りわないからさ」
「そりゃ、確かに一理あるな」
服装こそ、辺境の村でよく見る質素なつくりの服。けれどセミロングの栗色の髪は整っていて。その目鼻立ちは王都で色を売る女たちより整っていて華がある。
何より、その瞳にはキラキラとした輝きがあった。
自分で何かを決めて、選んだ人間だけが持つ。意志の輝きが。
「そうね、ただとは言わないわ」
「まぁ、何を差し出すか。話位は聞いてやるよ」
普通なら、それこそふざけるなと断って終わりだ。場合によっちゃ腕力で脅しをかける事もある。
だが、彼女にはそれを超えられる何かを感じるのだ。
「とりあえずは、手付金としてこれを渡すわ」
ひょいと、彼女は俺の手に首から外したネックレスを握らせる。
「……こいつは!」
持ってみた瞬間、理解する。高純度の
魔術の触媒であり、ヒューマシーンの魔導センサーに使われる希少金属。このサイズと純度、それこそ並のエルフタイプと同じくらいの価値がある。
「つまりは、アレか。お嬢ちゃんはどっかの貴族の?」
つまり、ただの田舎娘が身に着けられる財産ではない。それこそ落ち延びた貴族のご令嬢と言われた方がまだ納得がいく。
「ええ、家名を聞きたい?」
「折角だからな、弟子に取るならその辺も知っておきたい」
つい先週、その瞳に涙を湛えて。俺にこの村を守ってくれと依頼しに来た儚げな少女と。いま目の前でいたずらっぽい笑みを浮かべているお嬢ちゃん。
間違いなく同一人物なのに、全くその顔は違っていて。その癖裏切られたと思えないのが妙に不思議だ。
「ええ、じゃあ。改めて名乗らせてもらうわ」
宴が終わった後、夜明前の村の端。俺の愛機のゴブリンを見上げた少女が誇らしげに口元を吊り上げる。
「クリスティーナ、クリスティーナ=ブラットクルス」
「ブラットクルス!?」
完全に意表を突かれた、ブラットクルス。20年前に滅びた血の辺境伯。東の帝国と密約を結び。王国を裏切ろうとした背徳者。
「そう、悪役令嬢の娘。と言えばわかりやすいかしら?」
そしてその家名は、吟遊詩人や活版本の中で繰り返されている。血まみれの令嬢、吸血姫、返り血の女帝。即ちエリザベート=ブラットクルス。
百の物語で、百度殺された悪女。だが屍を確かめたものは誰一人としていない。
「目的くらい、聞かせて貰おうか?」
これで王国への反逆なんて言われたら、流石に困る。俺だって生き方は選ぶ。特に縁もゆかりもない相手の、理解も共感も出来ない戦いに付き合いたくはない。
「名誉よ」
「名誉?」
「そう、汚名の返上」
くるりと、昇る朝日に照らされながら。クリスティーナは回る。
「母が血まみれであったことは事実よ、そこは認めるわ。けれど反逆者ではない」
逆光で彼女がどんな顔をしているのかは、俺からは見ることが出来なかった。
「けれどその赤は全て、王国を守るための返り血よ。そこだけは譲れない」
けれど、彼女は朗々と語る。ああ、これがカリスマって奴なのだろう。
「だから、
「はっ!」
だから俺は笑って答えた。
「腕じゃなくて、腕前か。じゃあ俺の領分で売ってやるよ。嬢ちゃん」
「ええ、じゃあ。契約成立ね?」
そして一歩、こちらに向かって踏み込んだ彼女の顔には。
不敵な笑みで飾られていた。
1話30分で仕上げるロボット物 ハムカツ @akaibuta
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