三年後にまた
※中学時代のハルトと翔真の話
自分がモテないことは重々承知している。
もう二ヶ月もすれば中学三年になるというのに、身長は百六十センチにも満たないくらい。入学当時に成長することを見越して購入した制服のブレザーは、今もブカブカのままだ。
初対面の人間に「怒ってるんかと思った」と言われる目つきの悪さだし、女子を楽しませるトークスキルなんて少しもない。そんな男がモテるはずもないことを、おれは人生十四年かけてしっかり理解している。
わかってはいるのだけれど、自分の「モテなさ」が可視化されるバレンタインというイベントは残酷だ。日頃は見て見ぬふりしている現実を、痛いほどにまざまざと突きつけられる。
おれは隣にいる友人が持っている紙袋を見て、大きな溜息をついた。
「いーなー、翔真。おれも、バレンタインに女子からチョコ欲しかった……」
おれは傍のイケメンを睨みつけると、コンビニで買ったばかりの湯気のたつ肉まんに齧りつく。下校途中の買い食いは校則で禁止されているが、部活後の男子中学生が家まで空腹を我慢できるはずもない。
やけくそのように地面を蹴ると、ブランコがギィと軋んだ音を立てた。
おれの隣でブランコを揺らしている男――羽柴翔真は、入学当初からちょっとびっくりするくらいのイケメンだった。たまたま同じクラスになったおれたちは、バスケという共通の趣味を通してすぐに仲良くなり、揃って男子バスケ部に入部した。
翔真は多少性格に問題はあるが、その難を補ってあまりあるほどに顔が良い。身長も高くて、おまけにバスケも上手い。そんな男がモテないはずもなく、今日――バレンタインデーの昼休みには、翔真目当ての女子が列をなして大勢群がっていた。
おれはといえば、当然誰からも貰えていない。いや、クラスの女子からチロルチョコを貰ったか。全員に配ってる、義理丸出しのやつ。それでもゼロではないからまだいいか、と思ってしまう自分が情けない。
「そんなに羨ましい? 代わったろか?」
心底不思議そうに首を傾げる翔真が憎らしい。「モテへんおれへの嫌味か!」と罵倒すると、翔真は眉ひとつ動かさないままに口を開いた。
「ハルト、怖い話していい?」
「よし、許可する」
「俺、今日昼休みに貰ったやつ食おうと思ってん。たぶん手作りっぽい、チョコレートケーキみたいなやつ」
「うん」
「食う前になんとなく嫌な予感して、ふたつに割ってみたんやけどな……毛、みっしり入ってた。あきらかに、髪の毛とちゃうやつ」
おれはさすがにゾッとした。翔真ファンには過激な女も多そうだとは思っていたが、異物混入まで仕掛けてくる奴がいるとは。
それにしても、当の翔真が涼しい顔をしているのが一番怖い。もしかしてこいつ、こういうことに慣れっこなのだろうか?
「さすがに、手作りは全部捨てた。来年は誰からも受け取らへん」
「せ、せやな……」
すっかり背筋が冷えたおれは、温かい肉まんに慌ててかぶりつく。こんな目に何度も遭っていては、感情が死ぬのも仕方ないのかもしれない。おれは生まれて初めて、翔真のことを気の毒だと思った。
「……おまえ、いつかマトモな女と付き合えるといいな」
「別に付き合えんでもいいわ。彼女とかいらんし」
「おもんないなー。どんなコが好きとかないん?」
「俺よりバスケ上手い奴」
「いるわけないやろ、そんな女の子……」
「いるよ」
やけにきっぱりと答えた翔真に、おれは「あっそう」と肩を竦めた。やはりこいつは、バスケのことしか頭にないらしい。一生彼女できひんやろな、とおれはどこか安心したような気持ちになった。
「あ、これハルトも食う? 手作りやけど」
あっというまに肉まんを食べ終えたおれを見て、翔真は手にしていた紙袋をこちらに差し出してきた。先ほどの話を思い出したおれは、眉間に皺を寄せる。
「おまえ、さっきの話の流れで手作り勧めんなや……よー食わへんわ」
「いや、これは製造元が信頼できるから大丈夫。俺の幼馴染が作ったやつ」
「へー。おまえ、幼馴染とかおるんや。いいなあ」
「そんないいもんちゃうで。別に、そんなに仲良くないし」
おれは翔真から紙袋を受け取ると、中から小さな箱を取り出した。開けてみると、小ぶりなトリュフが綺麗によっつ入っている。
「おれ、全部食っていいん?」
「それ、幼馴染がうちのオカンと作ったやつやし。昨日さんざん食うてん」
「ほな、遠慮なくもらうわ」
おれはいただきます、と両手を合わせると、粉のついたトリュフを口の中に放り込んだ。とろけるような口溶けで、甘くてほろ苦くて美味い。
「めっちゃ美味いやん……なんやこれ、天才か?」
「そうか? まあ、気が向いたら本人に伝えとくわ」
なんだか泣きたくなってきた。おれはどうして、バレンタインにモテる友人のおこぼれを貰っているのだろう。いつかおれに、おれだけのための本命チョコをくれる女の子が現れるのだろうか……。
「おれ、絶対こういう美味しい手作りチョコくれるかわいい女の子と付き合う……」
がっくりと項垂れたおれに、「がんばれ」という翔真の励ましがやけに虚しく響いた。
このときのおれの願いは、およそ三年後に見事叶うことになるのだが――十四歳のモテないおれは、そんなことを知る由もないのである。
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