第133話 bound 境界 「ありがとう」 3
「?!…いっ痛ーっ!」
たまらず崩れて手をつくと鎖の力がすっと無くなった。
その機を逃さず自由を取り戻したウレイアは、槍先を脚から抜くとテーミスの顔を狙って全力で投げつけるっ。
それと同時に血を引く脚もかまわずに石の祭壇を飛び越え鎖を追ってテーミスとの距離を詰めにかかった。
「え…!」
テーミスはすぐに自分の槍が目前に迫っていることに気づくが、ウレイアの本命は地を這うように鎖と一緒にテーミスを狙っている鋼糸の方だっ。
テーミスが顔をしかめながら力を込める!
「く…っ」
鎖は鼻先で直角に軌道を変えると、そのままウレイアの鋼糸を断ち切り床に刺さったっ。
(ん?見えていた?)
床を這うように高速で飛ぶ鋼糸を正確に槍先で捕らえるなど、高度な『監視』を使っても難しい。
ウレイアが武器としてこの鋼糸を選んだのは、まずかさばらないこと。相手を止めるパワーは無いが十分な殺傷力と特に見えづらいなどの理由があった。
(なら…)
距離を詰めたところで止まると、水晶のつぶをこれ見よがしにテーミスの足もとに放る。さっきの痛みを思い出したテーミスはびくっと小さな水晶に気を取られた。
その隙を狙って鋼糸がバネの様に丸まると、不規則な軌道を描きながらテーミスの顔を狙って弧を描きながら一気に伸びるっ。
テーミスはやや体を沈めてローブで足元を隠すと、バランスを崩されながらも首を横に反らして鋼糸を肩で受け止めて見せた。
(ふうん…)
まあ、今の石はただの囮だったのだが、石がウレイアの手を離れた瞬間にはそれが何なのか分かっているようだった。
(鋼糸の躱し方からしても…大分自分の時間を『延ばせる』ようね?)
「痛っ…い」
腰を落とした時に足の傷が痛んだのか、テーミスはがくっと膝をつきかけた。
ウレイアはその姿を見下ろして余裕を見せる。動かし続けたウレイアの脚の傷からは血が滴り続け、足元には小さな血溜まりを作っている。
それを見てウレイアを見上げたテーミスは、歯を食いしばって立ち上がる。
そういう姿にウレイアは弱い…笑みがこぼれそうになるのをわざと茶化したフリをしてごまかそうとした。
「あら、かわいい…」
しかし、いや、ばれている。
テーミスは痛みを堪えて微笑みを返してくる。
そしてすかさず祭壇から離れたウレイアの周辺が熱を帯びるっ。
(!!)
ウレイアは横に走りベンチの間を抜けながら追ってくる炎の柱を躱し続ける…そしてペンダントの石をひとつ握ると空気を揺らして実像をぼかした。ゆらゆらと歪みながら正確なイメージと位置をごまかす効果がある。相手が戸惑って攻撃を躊躇してくれるだけで、十分隙を作れるのだ。
そして、しのぎを削るこの状況では『力』を偽装などに割いてはいられない。間隙をついて再び詰めると、用意していた石を放り鋼糸を突き刺すべく操る。
石と鋼糸を避けるためにテーミスでさえ『炎』を出せる余裕がなくなっていた。技を出そうとする間に致命的な隙を作ってしまうからだ。
同族同士の戦いでは、大概が互いの2、3手で勝負は着くはずなのだが、こうなると簡単には互いに決定打を決めることができない。
そのうちに技などの飛び道具のことさえ忘れて、結局は格闘戦に没頭していく。
躱し、石を投げ、
受け流し、鎖を飛ばすっ。
鋼糸を叩きつけ、すかし、
ひるがえって、また斬りつけるっ。
2人はどんどんと無駄な動きがそぎ落とされていき、やがて躱すいとまも惜しんで血しぶきが舞うようになってきた。
たまにところどころで花火の様に火柱が上がり、たびたび血の花びらが散ってゆくっ。
そして……気がつけばテーミスの顔には笑みがこぼれていた。
(楽しい、楽しい、楽しい、楽しい…)
一瞬の出遅れで命を狩られる。しかしそれは、これまでの虚ろで希薄な人生からは想像も出来なかった『生の充足感』だった。
そんなテーミスと斬り交わし、正直に言えばウレイアも楽しみ、彼女のその姿に驚いていた。
(驚いたわテーミス、あなたがこんなに武闘派だったなんてね…でも……これではやはり不幸だわ)
おっとりとして荒事など経験したことも無いように見えていたのに、気持ちが昂るにつれて、テーミスの戦いには熟達者のような美しさまで感じる程になってきた。これはかなり訓練されていなければ出来ない芸当なのだが…ほんの一目でウレイアの体捌きを真似、ますます動きも良くなっていく。
そしてウレイアを見ながらも、何かを思いながら別のものを見つめているような、慈しむような表情を見せる。
そんな中で、昂ぶっていた2人とは違い、一番恐怖を感じていたのはトリィアだった。
(こんなの…お姉様が死んじゃう!でもどうすれば……?)
トリィアの心配は少しずつ現実味を帯びていく。
高揚しているテーミスの動きは、ますます洗練されて速くなっている。実際にテーミスが傷を負うことが徐々に無くなってきた。
対してウレイアは徐々に余裕が無くなっていく自分を理解していた。
(これが『天使』…っ、たしかに底が見えてこない……私は限界まであとどの位かしら?)
「くっ!」
顔の間近を槍が疾っていった。
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