第132話 bound 境界 「ありがとう」 2
「ふう…」
ウレイアも今となっては苦しい笑いしか出てこない。
「あなたと初めて会った時はね、もしかしたら理解しあえるんじゃないかと思った………あなたのわがままを私がたしなめることさえ出来れば、あなたも救えるんじゃないかってね?」
「わたしを…救う?」
テーミスが不思議そうな顔をする。
「魔女と呼ばれる私達は人よりもずっと長い寿命を持ちながら、ほとんどは短命に終わるのよ…誰かに命を奪われてね。でも、そんな私達よりももっと短い生涯を終えてきたのがあなた達…『天使』と呼ばれるようになった者達……」
「天使?わたし…たち?」
「そう…何も聞かされてはいないのね?まあ、多くの場合……私達は人間に殺され、あなた達は魔女に殺されてきたのよ。『人』が『魔女』を殺し、『魔女』が『天使』を殺す……それが、もう何百年と続いている、互いを呪いあいながらね……」
「私は天使?だから…?だから私を憎むの?」
その質問にウレイアははっきりと首を振った。
「たしかにあなたのような『天使』を私達は厄災と呼んでいる。でも嫌になる程繰り返してきたそんな殺し合いを…私はもう、終わりにしたかった……それにあなたは、私達を姉妹と言ったでしょう?私達と共に国を創りたいとも言ってくれた」
その話しにテーミスの希望が募る。今、ウレイアが屈したフリをするだけでこの鎖は解かれただろう。
「言ったわ…だって本当のことだもの…だから一緒にいるべきでしょう?手伝ってくれるべきでしょう…?」
『強制』を忘れたテーミスの本当の言葉。それは『力』を使った言葉よりもずっとウレイアの心の奥に響いた。
「いいえ……」
「なぜ…?」
「あなたの歩む道が、滅びの道だからよ。あなたは『神の国』を諦めないでしょう?その夢を追い続けるかぎり、やはりあなたは『厄災』となる」
「?」
「悲しいけれど、だからあなたを葬らなければならなかった…はじめはね?」
「はじめ…は?」
だからウレイアもはじめは可能な限り、痛みや苦しみを与えないように、静かに送るつもりだった。
「私もそんなに…人のことは言えないけれど……あなたは人の痛みを知らなすぎる、人の痛みを省みようとしなさすぎる。あなたが自分のために利用したトリィアはね…私にとって一番大切なものなのよ……」
「!っ」
ウレイアの突然の言葉に驚いてトリィアは口をおさえた。
「そのトリィアをあなたは傷つけたっ…しかも最もしてはいけない方法でっ!」
「……?!」
「たしかにトリィアは今も生きている、でもね、正気で目覚めた時、あなたの目論見通りにこの娘は死んだのよっ。それを私は無理矢理この世に踏み留まらせた…………この娘はその死を乗り越えて今ここにいる、その意味と尊さがっあなたに理解できて?」
怒号を上げているわけではない。しかしウレイアの怒りが初めてテーミスをたじろがせる。
「私は個人的な怒りと恨みで今ここにいる。あなたが『天使』であることはもう関係ないのよ………これであなたが殺される理由が分かったでしょう?これは最も…人間臭い戦いよ?」
「あ……わたし…」
すぐにウレイアはテーミスの言葉をさえぎった。
「お願いよテーミス…今更悔やんだり謝ったりしないで頂戴。でも理由に納得してくれたのなら……さあ、殺し合いを再開しましょう?」
ウレイアはテーミスの鎖に囚われたまま、見栄を切った。
一旦はおののいていたテーミスは、うつむいたまま暗い空気を纏うと、『天使』には似つかわしく無い言葉を呟いた。
「トリィアが羨ましい…妬ましい…なんで?あなたがわたしに…何もくれないからっ?!」
!
瞬間的に鎖の先端が不規則に疾るっ…と、ずぐっとテーミスの槍先がウレイアの太腿に深々と突き刺さって骨までえぐった!
「!……っっ」
それでもウレイアは表情を変えず、微動だにせずテーミスを見据えている。むしろ顔をしかめて驚いたのはテーミスの方だ。
「?!、な、なぜ……?立っていられる痛みじゃ…ないはず…なのに……」
心が折れないなら膝を折らせたかった。しかしウレイアにはたとえ脚の腱を断たれたても膝をつくわけにはいかない絶対に譲れない『わけ』がある。
「テーミス…私というものはねっ、私が誇る師のいちばんの弟子であり…最愛で最高の弟子が仰ぐべき存在っ、たとえ誰の前であろうとも、折ってもよい膝など…私には無いのよ……」
((!!))
何ものよりも気高く、そして誇りに満ちたウレイアの微笑み、まるで想像していた神の尊顔を目の当たりにしたようにテーミスは見入り、この世界の素晴らしさと狭量であった己の心を思い知る。
((!!))
そしてトリィアは詰まる胸を手で押さえた。
(おねえさま…)
膝をつく代わりにウレイアは、鎖に巻かれたまま祭壇の後ろへ飛び降りた。
(あと一歩、こっちへいらっしゃいっ)
ウレイアの体重で引かれたテーミスは耐えきれずに引きずられて前に出た。
パシッ!と乾いた炸裂音と共に石が破裂して、隠しきれないテーミスの足元に破片が突き刺さった。
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