第134話 bound 境界 「ありがとう」 4
見えてはいる!しかし今にも躱しきれなくなりそうだ。ウレイアはじりじりと祭壇を背に追い詰められていく。
後ずさりの末に石の冷たい感触を腰に感じると、ウレイアは全神経を集中して高速で疾る鎖の幾つかの輪に鋼糸を通し、絡めとってから手で引き絞った。
そしてようやく動きが止まる。
「ふう…楽しそうね、テーミス?」
まだまだ遊び足りない…テーミスは子供みたいな顔をした。
「あぁ…たのしい……っ!もっと…しましょう?」
すでに傷はふさがっていても、微笑む顔は血の化粧に染まっている。
「そう?それじゃあ…今の私の全力を見せようかしら?」
テーミスの期待が表情に溢れる。
「でもこんな戦いに悦びを感じていてはダメよ?どんなに強くてもいつか誰かに殺されてしまう。まあ…それは今日なんだけど……」
「え…?」
テーミスの表情が曇った。
「それに分かったわ、あなたを本当に喜ばせられるのは私では無いでしょう?この世界にあなたの安らぎは無いのでしょう?」
テーミスが本当に自分の夢を追い求めていたなら……こんな人形のような娘にはならなかっただろう。
でも他に生きていく術も無く、神と誰かを盲信して教えにすがるしか、テーミスに道は無かった。見つけようとはしなかった。
空っぽのテーミス……
「わたしの……やすらぎは…よろこびは私達が創る世界にある……今は仕方ないの……だから早く作らなきゃ…でもウレイアが手伝ってくれればすぐに…っ」
「永遠に来ないわ、たとえ私が手を貸してもそんな安らぎは永遠に来ない…」
ウレイアに否定されると悲しい顔をする、今でははっきりと。
「だからおくってあげる。今あなたが立っているその場所が、あなたの終着点よ……」
「?」
祭壇の手前6メートル……
そこは直径2メートルの必死の領域っ、今この場で許された最大の攻撃力をウレイアはそこに封じておいた。
「!」
ウレイアの言葉を疑わず理解したテーミスは、自分の周りをみまわすと同時にその場から退こうと脚に力を入れかけた。
足元にはこれまでの戦いで放って散らした幾つもの石が転がっている。
(もう遅い…)
一斉に散らした石が連鎖を起こし弾け飛ぶっ。今飛び退けばテーミスはただでは済まない、そして硬直する。それでも無数に襲う小さなカケラのいくつかはテーミスのローブを…編み込まれた髪の隙間を貫通して彼女の肉に食い込んだ。
「痛……っっ!」
そしてふわっと床の埃が浮き上がったその時、テーミスを中心に強い風が渦を巻くっ。
瞬く間に空気を捻り上げた豪風は、一瞬でテーミスの身体を浮かせるほどの竜巻きとなって、中にあるものを逃すまい唸っていた。
目を開けることもままならず、テーミスはたまらず、腕で顔をかばう。これで済むはずがない、テーミスはバタつかせても地にまともにつかない足に焦った。
その状況に覗いて見ていたトリィアが顔を出した。
(あれはっ、私が並べた石!)
その石はここへ来て別に動いていたトリィアが仕込んでおいた石だ。
ここへ来た後、別れたトリィアは、礼拝堂に忍び込むとウレイアに言われたことを思い返し、任された役割りを果たそうと石の入った袋を握りしめた。
「これはあなたがやらなきゃいけない。多少間隔は適当でもいいけど、順番と配置だけには気をつけてね?」
「全部で18個?大盤振る舞いじゃないですかっ。でも、あの…メモしても良いですか?」
「くす…ええ」
トリィアは丁寧にひとつひとつの石を間違いのないように隠していった。
「ええと?小さな水晶がまず…ここと……ルビーが…」
ウレイアがそれぞれの石の役割を教えながら説明した甲斐があったのか、書き留めたメモを見る必要も無かったようだ。
「円のかたちに…あれ?これって………?大お姉様が話してくれた子供の頃のお姉様みたい?」
テーミスを殺すための罠を仕掛けながら、トリィアはくすくすと楽しそうに笑った。
「これで良しっ………ええと、でもやっぱり、一応メモを確認しておきましょう」
そのメモを握ってトリィアは呟いた。
「テーミス…」
トリィアが自分の手で繋いだ石でテーミスを仕留める。それにはテーミスを捕らえて、その上時間を稼ぐ必要があった。
「トリィアっ!」
鎖に絡めた鋼糸をよじって切り捨てると、再び祭壇を乗り越えてトリィアの横に立った。それに合わせてトリィアも立ち上がる。
繋いだ石の最初の石は、トリィアが握っているっ、この祭壇に陣取った理由のひとつが、ここを起点としているからだ。
ウレイアはトリィアのその手を握り締めた。
そして逃げられる危険を冒してまで、ケールの置き土産をヒントに暴風の檻をつくり上げた理由…
それはトリィアがテーミスと対峙できるこの瞬間をつくり上げるため!そして…
「トリィア、これがあなたのために用意した、最高のショーよ…」
「!、はい…っ」
目の前には張り付けにされたテーミスの姿があるっ。そして、最期の一撃がトリィアの……自分達の手の中に…っ!
ウレイアはテーミスを『おくる』ために語りかけた。
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