第129話 bound 境界 3

 一瞬で室内は惨状となった。数を頼っておごり、ウレイアにペースを渡してしまった時点で勝敗は決していた。先手を取ったウレイアの速さを凌駕できる者などここにはいなかった。人形になっていた女に目眩しの石を放ったが、同時に、あとは一息で撫で斬りしただけだ。


 目の前には死体が2つとケガ人が2人。ケガ人は腰が退けて運良く鋼糸による即死をまぬがれた大口女が1人……


 人形の目で向かって来るので仕方なく、脚のいちばん痛みの酷いところを切り落とさない程度に切り裂いてあげた女が1人、幸いその激痛のおかげでテーミスの呪縛から解き放つことができたようだ。


「いーっ?痛あいいいいっ!!あああっ?こっここはどこなのっ?あの、あの…おんなわぁ?」


 目覚めても暗中でとり乱す同族に歩み寄ると、傷を押さえて語りかけた。


「悪いけど、助けてあげられるのはここまでよ?ここはボーデヨールの教会にある地下室よ、分かる?動けるようになったらすぐにここから逃げなさい」


「く、痛ぅーっ…ああ、あなたは…?」


「気にすることはないわ、ついでで悪いけど…仇も取ってあげられるから。頑張りなさいな……?」


 この女が奪われた時間は果たしてどれくらいだったのか?憐れではあるがこれ以上関わるつもりは無い。


 そして次に首を懸命に押さえている大口女の前に立って見下ろすと無感情に囁いた。


「まあ、今までは運が良かったのね……」


「!、ひっ…ば、バケモ……おお願…い、ころ…さないでええ」


 その様にウレイアは眉をひそめた。所詮はテーミスの威を借り成り上がろうとしていただけの小物か…実際のところ、この手の輩はテーミスよりもタチが悪い。


 ウレイアは顔をしかめて問いかけた。


「あなたの誇るものは一体何なの?」


「ええ…?」


 この女には自分の言葉も通じない……


 っと、ウレイアは上を仰ぎ見るっ。


「!、どうやら時間ね、あなたの大好きなテーミスが戻ってきたわよ?」


 すると女がせせら笑った。


「くくくっ…げほっ。たとえあんた…でも、テーミス…に勝てるもの…かっ!?」


 耳障りな音を発する虫をはらうかのように、見上げたままのウレイアは今度こそキレイに女の首を落としてみせた。


 大口女が積み木のように崩れる姿も放って立ち去ろうとすると、足を斬られていた女が無理やり立ち上がろうとしている。


「くそっ、くそっ…くやしい……っ。そうよっ、テーミスよ。あの小娘えーっ…」


「無理に動くと治りが遅いわよ?」


「関係無いっ、動ける!アイツに一発だけでもいいんだ…でなきゃ私は前に進めないっ」


 もうひとりからは懸命に生きてきた者の叫びが聞こえた。


「落ち着きなさい…動けるなら早くここから立ち去りなさい、それが今、あなたに出来る最善よ?仇は討ってあげるから、何としても生き延びなさい」


「痛ーっ!ちくしょうっ!!」


 悲痛な思いを受け取りウレイアは急いでもときた道を引き返す。


(若いのに多才だったのは誰かに指導を受けていたおかげかと最初は思ったけど…やはりね、テーミスの場合は誰かを言いなりにしてサポートさせた方が、からくりとしては分かりやすい)


 テーミスはもう気がついただろうか?ちょうど正面から街に入ろうとしていた。


(あら…ひとりなの?てっきり隠れるのが得意な誰かと一緒だと思っていたけど…?)


 ウレイアは少し考えるとにやりとした。


(もし、誰かをエルセーのところに置いてきたのなら、かわいそうに……)


 地下から抜け出し礼拝堂に向かう途中で何人かとすれ違ったが、そんなことは気にも止めずに風を少し起こしてすれ違う。


 目指すのは当然、礼拝堂。






 何やらトリィアは祭壇の下に身を隠しキョロキョロと辺りを気にしているが、その姿を目にしてウレイアの悪戯心がうずいた。


「トリィア…」


 ウレイアはわざと忍び寄って突然声をかけた。


(!!っ、うわーーーーっ)


 口を押さえて跳び上がって驚いたトリィアはゴツッ!っという音と共に祭壇の裏に頭をしたたかにぶつけてうずくまった。


(いっったーーーーーっ!)


「あ……ごめんなさい…」


 さすがにウレイアも申し訳ない気持ちでトリィアの頭を撫でると、けっこうなタンコブが盛り上がっている。


 いやしかし、自分に気づけない相手にどうすれば脅かすことなく声をかけられるのだろうか?まあひと気が無いのだから姿を見せれば良かったのだが…


 この時間の礼拝堂はロウソクはまだ灯されてはいるが、人が入って来る心配はあまりないようだ。


 トリィアは当然声を抑えて詰め寄ってくる。


「お姉様っ!もしかして今のはわざと驚かそうとしませんでしたかっ?」


「な、こんな時にそんなこと思うわけがないでしょう?」


 ウレイアとしたことが、ぼやっとした姿のトリィアに見つめられた時についちょっとだけ目が泳いでしまった。


「やっぱりっ!おねっ…う、うむむう…」


 らしくも無くトリィアは言葉を飲み込んだ。


(あら?てっきりぐずられるとばかり…)


「まったくもうっ……まあ、何故かお姉様が近くにいるなとは感じていたんですけど。あっ!それより先ほど間違いなくお姉様のおっかない気迫を感じました。あれは…?」


 これまでも多少は晒して見せてきた本性だが、言ってみればあれはウレイアの負の側面、人を押さえつけて喜ぶ悪魔の面様である。


 当然、彼女の中に悪魔だけが巣くっているわけでは無いし、もちろん自分で分かってやっていることではあるが、自身の内側や湧き上がるものを抑えずに誰かにぶつける姿をトリィアに見せたことはない。


「まあ…そうね……これからテーミスと相対した時に、いつもと違う私を見るかもしれないけれど、なんと言うか……」


「ま、まさかっ、大お姉様みたいに変身なんかしたり?」


「ええ…?くすっ、そんなまさか」


 ただ、何を目にしても今まで通りに自分を見て欲しい、そんな気恥ずかしいことが言いづらかった。


「つまり、本気のお姉様が見られる、と言うことですか?それはかなり楽しみです!」


「そう?」


「すごくっ!」


「そう…」


 今のトリィアになら自分の全てを見せても何も変わらない…そんな自信を得るのにこんなにも長い時間がかかってしまった。


 それはテーミスが言っていた通りである。相手の力量を肌で感じることが出来る彼女達は力の差がある程にどうしても気後れし、尻込みし、言われるがままに従うことさえある。


 ウレイアはそんな関係をトリィアと築きたく無かった。ただ家族として彷徨っていた彼女を受け入れたのだから。

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