第128話 bound 境界 2

 二手に別れると、ウレイアは迷うことなく地下に向かった。大きな教会に地下室は付きものだが、多くは保管庫や聖人を祀るための霊廟として割り当てられる。


 それは大切なものを火災や破壊から守るためだが、この上物に対してこの程度の地下のスペースはやはり物足りない。完全な暗闇の中を一番奥まで進んでいくと、初めて調べた時の霊廟にたどり着いた。


 扉に鍵はかかっていない。中には祭壇と、その奥に石棺が置かれている。棺に何も刻まれていないのは珍しい。


 ウレイアは体にぐっと力を入れると、石棺の蓋をずらした。


 軽い…厚みに対して軽すぎるのは使われている石の材質と、裏を削り取って薄くしているからのようだ。ぴったりと隙間が無かったのは柔らかい石材が何度も擦り合わされているからのようだ。


(やはり…これはパミス、多孔質な表面は石粉を塗り固めた手の混みよう……)


 パミスとは軽石のことである。中には更に下へと伸びる階段がある。視通してみると、一旦は下がるものの先にはまた登る階段がある。つまりは向こう側には別の空間があるということだ。


 そして罠らしきものは…無い。


 それでも慎重に、より注意を払いながら進んでいくと、登りの階段の上にも石の蓋があった。蓋の裏にはちゃんと手を掛けられるようになっている。少しだけ蓋をずらして外を視ると、入ってきた部屋と同じような造りの個室になっているようだ。


 石棺から抜け出し部屋に降りるとドアの隙間から灯りが漏れているのが見えた…


(外は廊下か…先の大部屋に6人集まっているわね。当然、これで全員では無いのでしょうね?それにしても、見られている感じがないけど…?)


 廊下に出ると幾つかのドアがある。こちらの地下空間の方が大分広く造られているようだ。


 !


 廊下からその大部屋に向かおうとした時、何者かの視線を感じた。つまりは同族がいるということだ。ウレイアは大部屋の前で一拍おくと、集中力を高めてからドアを開いた。


 全員の視線が一斉に侵入者に向けられる。


 虚ろな目、品定めをする目、穏やかな目、しかし敵意を持った目は今のところ…無い。


 そしてやはり、全員が同族だった。


 部屋の中を見回すと快適に過ごせるよう十分な家具や物に溢れていたが、ベッドが無いところを見ると、寝室は別のようだ。ウレイアが部屋の全てを観察していると、年長者と思しき女がまずは声を掛けてきた。


「ようこそ、新しい姉妹…あなたが話しに聞いていた方ね。テーミスが嬉しそうに話していました」


 直感だが生きてきた年月はウレイアと同じくらいか…少し下か?


「テーミスに化けていたのはあなたね…?」


 迷わず言い当てられた女は驚いた顔を見せる。


「なんだ…バレていたの?さすがっ、あの子が特別な目で見るだけはあるのかしら?」


 そしてウレイアをすぐに射抜くような目で見ると


「あの子のお気に入りのあなたには悪いけど、ここでは私の言うことを守ること……あの子には私がついているんだから、けっして出過ぎたマネは…」


「〝黙りなさい……〟」


 そうウレイアにささやかれた次の瞬間には、女の顔に恐怖と後悔が張り付き、言葉を詰まらせた。


「!!!!!!」

「?!」

「!っ…」


 すぐそばで天変地異でも起きたかのように、全員の視線が改めてウレイアに注がれたっ。


 もはやこの場では遠慮などはしない。


 この時ウレイアは、トリィアにも見せないような猛々しい『威勢』を隠すことなく放っていた。全てをさらけ出しているわけでは無いにしてもその威圧力はエルセーにも劣らない。


 畏怖、畏敬、羨望、それぞれの反応を見せるが、注目を集めるには充分だった。


 そして放ったその強威は、たしかにトリィアにも届く。


(!、えっ…これってお姉様?うそ…)


 力の感覚を失っている筈のトリィアは驚いた。


 同族達が静まりかえった中でウレイアは声を上げる。


「聞きなさいっ、私はこれからテーミスを殺すわ…間違いなくね……」


 !っ、??????


 すぐに当然その場がざわつく。


「すぐに理解なさい!この中でテーミスを護りたい者、もしくは殉じたい者は前に出なさいっ、そして私を止めてみせなさいっ!そうでない者はすぐにこの教会から去りなさいっ」


 女達は言葉は発せず互いを見ると、座っていた者も黙って立ち上がり4人が殺意を持ってウレイアの前に立ち、残った2人は振り向くこともなく部屋から出て行った。


 それでも4人が残ったことにウレイアは感心した。中には自分の意思では無さそうな者もいるが……


「大したものね……?それと…てっきりあなたは真っ先に逃げ出すかと思っていたけど?」


 その中にはウレイアに大口をたたいた同族もいた。醜い心の臭いを嫌うテーミスが何故こんな女を姉妹に引き入れたのか?考えられるのは、テーミスと出会ってしまったから身に余る野心を抱いてしまった、ということ……


 それが今に至っても放り出さないのは…僅かな情か、自分自身への責任か…?


「あ、あんたがどれだけ強いとしても、4人を相手に勝てると思ってるわけ?」


 またしても大口をたたいている姿に少し呆れてしまったが、ウレイアはにっこりと笑うと、前に一歩あゆみ出た。


「くす、時間もないし、それじゃあ…やりましょうか……?」


「「「「!!!!」」」」

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