第127話 bound 境界 1
ウレイアは小さ目な水晶を握り込むと、トリィアのために技を封じ込めた。
これを身に付けていれば、トリィアはのべつ姿を隠していることになり、人間から見とがめられないのは間違いないのだが、はたして同族や特にテーミスに対してどれ程の効果があるのかは予想できない。
トリィアはテーミスの悪意に操られ、自分の『力』を見失ってしまった。しかし、たとえ『力』を使うことができなくなってもウレイアに不安な顔を見せることは無く、今はただ、出来ることで彼女を補助し、テーミスを倒すことだけを考えている。
「さあ、それじゃあこれを…」
「ひっ!」
トリィアの反応にくすっと笑った。
「我慢なさい、ちゃんと被って…それじゃあ…行きましょう」
2人は重たいローブをしっかりと着込んだ。
少し予定は変わってしまったが、結果は変わらない…そんな自信がウレイアにはあった。
(エルセーには後でさぞ怒られるのでしょうね?)
エルセーの単独突入を思いとどまらせるために情に訴えてまで説得したというのに、一体どうすれば許してもらえるだろうか?
こうなるとテーミスはまるでザコキャラで、恐怖のラスボスはエルセーであり、彼女に許しを乞うことが本番となる気がしてきた。
「ふふふ…」
いきなりのウレイアのふくみ笑いにトリィアがびくっとおののいた。
「な?なんですかっ、お姉様?」
「ああ、ごめんなさい…置いていくエルセーのことを考えると、後が怖くってね……怖すぎて笑えてきたわ」
トリィアはあきれた顔をすると、
「ええ?なんだか楽しそうでしたけど?」
「くす…ええ、そうかもね…」
「あ!そういえば忘れてましたっ」
ウレイアはどきりとした。この話しの流れで思い出すことといえば、エルセーのことに違い無いからだ。
「大お姉様は元の姿に戻っていました」
「っ!、そうなのっ?……それはまずいわね…」
ウレイアの不安は確信に変わった。神妙に考えこむ顔をさすりながらため息を吐く。
「お姉様?なんだかテーミスよりも大お姉様の方を余程恐れているように見えますけど?」
「え?ええ、怖いわよ…素のあの人に会ったのならあなたにも解るでしょう?それに…あなたも人ごとでは無いんじゃない?」
呆気にとられていたトリィアの顔もエルセーの怒りの報復を想像するだけでみるみる青ざめる。
「まずいっ、それはまずいですね?お姉様!」
「そうでしょう?ううむ…ま、まあとにかく、早く済ませて家に帰りましょう」
「ええ?黙って逃げ帰ったりしたらそれこそっ…それこそ………まあ…仕方ないですね…」
ウレイア達はそんな不安も置き去りにして、逃げるように部屋を出た。
陽が落ちて間もない街には、まだ人の往来がある。本当なら深夜を待って行動したいが、もしもテーミスが戻っていないなら今の内にやっておきたいこともあった。
まあ、人間に姿を見せなければ問題はないのだが。
「どうですかお姉様?私は隠れていますか?」
今はウレイアの石に頼るしか無いトリィアは確かめるように言った。
「ええ、私には幽霊のように朧げに見えるけど、人間にはまったく認識されないでしょうね」
その石にウレイアは全力を込めた。まるで自分の偽装を自分で見ているような妙な気分だが、自分がトリィアを確認できるのなら、単純に『力』で勝るテーミスにどれ程の効果があるのか?
トリィアは思い出してくすっと笑った。
「うふふ、まったく…『天使』よりも大お姉様の方が怖いなんて」
「あら、あなただって同意したでしょう?」
「お気持ちはまあ、分かりますが…」
呆れたように微笑むトリィアを見て、ウレイアも少し安心できた。
「私がこの世で本当に怖いのは、エルセーとあなただけよ…?」
「え、えーっ?なんでっ?わたしもですかーっ??」
「ええ…いつもご機嫌を損ねないように気を使っているわ」
トリィアはまったく腑に落ちていない顔をすると、
「ま、またまたー、そんなわけないじゃないですかー、もう………それっ、本当ですか……?」
「ふふ…」
これから……誰かと殺し合いをするとなれば、どんな相手でも絶対は無い。
またその覚悟ができないのであれば、そもそも相手に殺意を向ける資格も無い。
それを知っている2人には、今のこの時間が何よりも愛おしい。いつにも増して優しくあろうとする時間がここにはあった。
「お姉様…」
「ん?」
「何の力も持たない今の私なのに…私を部屋に置き去りにせずに連れて来てくれて、ありがとうございます」
「『力』の有る無しじゃない。あなたは十分に強くなったし、もう小娘とは言えないもの。それに、あなたは私と『命約』を交わしたパートナーでしょう?」
「もちろんですっ!」
気がつけば、トリィアを気遣う時にウレイアが振り返ることは無くなった。
寂しくもあるが、後ろからいつも自分を見つめていたトリィアはもういない。今は自分の隣に立ち、自分と同じものを見つめている。
ウレイアはそれが、誇らしくてたまらなかった。
「さて…正面から入るわけにはいかないから裏に回りましょう」
(死神として、私は何度も何度も…こうして暗闇を歩いてきた……時には楽しみ、時には誇り、時には哀しみ、そして…立ち止まるようにもなった。そして今は、憤怒の女神としてテーミスの存在を否定するために歩いている)
「へえー、こんな塀に出入り口が?…!っ、いえいえ、ダジャレでは無いですよっ、決して…」
テーミスを屠る理由はひとつだけ…トリィアの傷をかきむしったからだ。
(かつて、エルセーは私の為に教会をひとつ世界から消してくれた。涼しい顔でこともなげにそんなことが出来るエルセーは、誰よりも気高くて、何よりも強く美しかった)
「それじゃあ、ここからは一度別れるわよ?今はその目だけが頼りだから……辺りには十分に気を配るのよ」
「分かってますっ。お姉様もお気をつけて」
「ええ…もしテーミスに気づいたらすぐにそちらに行くから。また後でね……」
「はい」
(エルセーに憧れて、エルセーの様になりたいと願った時から、彼女は私の半分になった)
(私達には血のつながりなどは無い。けれど、受け入れて継いできたもの、そそがれて育ったもの、血よりも濃いものが私の魂の中には確かに流れている)
(そして自分が誰かを育てられるようになったなら、エルセーのようにありたいと願った)
「お姉様っ」
「なに?」
「い、いえ…またあとで…」
「ええ」
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