第126話 命約 5
エルセーが与えられた部屋は決して広くはないものの清潔感があり、質素ではあってもしっかりとした造りの建物で暖かく過ごすことができた。
ただエルセーにとってはそんなことはどうでもよかった。いま彼女の頭の中はこの部屋からどうして抜け出してやろうか、そのことで頭はフル回転していた。
しかし、そうはいっても、たとえ思考回路をフル回転させてはいても、忍び寄って来る何者かを見逃すほど未熟な小娘ではない。
エルセーは考えをめぐらせながら、自分達の系譜の象徴とも言えるペンダントの石を指で遊ばせていると、許しも無しに部屋の扉が開く直前にひとつの石を選んで握りしめた。
キ、キぃー…蝶番が小さなきしみをあげながら扉が開くと、部屋からもれる燭台の薄明かりに…女の姿が浮かび上がった。
エルセーはさほど興味を示さずにゆっくりとした瞬きと同時に視線を移すと、女はコツコツコツと3歩部屋の中に入り込んで亡霊のように止まった。
亡霊は顔に影が被る場所にわざと陣取り、エルセーの様子を伺っているように見える。
「入室を許した覚えはありませんよ?」
招かれざる客をたしなめると、女は小さな声で謝罪を始めた。
「重ねがさねのご無礼をお許しください。今日はあなたをお迎えに上がりました」
エルセーは目をいぶかしげに細めると、改めて無礼をたしなめる。
「謝罪になっていないわね。私を侮っているなら不快です、こそこそと隠れてそんな女を身代わりにするなど…その程度で私をだませるとでも?とっととお帰りなさいな」
すると、入り口の影からするりともうひとりの女が入ってきた。
同族だ。
その女は立ち尽くす女の横まで進み寄ると、その場にひざまずいた。
「い、偉大な先達の方とお見受けいたしました。数々の恥と無礼をどうかお許しください」
「気配を消すのが得意のようだけど、まだまだ未熟ねっ、今までは運が良かったと思いなさい。それで?」
女の頰に冷や汗が流れた。忍ぶことには揺るぎない自信と見破られたことの無い実績もあったが、まるで通用しない程の相手と今更ながらエルセーの圧力に圧倒され縮みあがっている。
「ぜ、ぜひ、あなたに会っていただきたい方がいます。その方は強い力をもって私達に安寧を約束してくださる方です」
エルセーは冷ややかに女を見下ろし、
「安寧ですって…?ふうん……お前の主人はこうやって他にも人を集めているの?」
「あの方は…私達の中でも特別な者を選び、認めてくださいます。ただ、誘いをあまりむげにされますとお怒りを買うこともございます。今日も若い娘がひとり…」
「!」
女の言った言葉に眉をしかめる。
「ですから先ずはお会いになった方が…」
「なんですって?」
「…は?」
エルセーは語気を強めて女を問いただした。
「今っ、若いムスメをどうにかしたと言いましたねっ?どんな娘に何をしたのですかっ?」
「それは…」
「〝言いなさいっ〟」
「っ!!……と、トリーと言う娘がお気に召さなかったようで…暗示をかけてもうひとりの元へお返しになりました…」
かっとエルセーの頭に血が昇った。
「お前の…主人にそれほどの力があると言うならば、今ここでそれを証明してみなさい」
「し…しょうめい?とおっしゃれても…」
すっと立ち上がると女に詰め寄った。
「その大層なご主人様の威光、それに仕えるお前の覚悟!それ程の主人に仕えているならば、何でもいいからこの私を圧倒してみなさいと言っているのですっ、さあっ!」
女は完全にエルセーの怒りを買った。こうなってしまった以上この死地から生還するにはエルセーを倒すしか方法はないだろう。
「テーミスごときにこの世界を変えるほどの力があるものですかっ!」
「!、お待ち下さいっ、テーミス様は…」
「リードっ!」
「っ?」
エルセーがその名を呼ぶと、女の首に一筋の光が走った。
「だから言ったでしょう?今までは運が良かったのだと…」
女は反応することもできないまま、その首を床に落とした。
いつの間にか女の背後にはリードの黒い影が立っている、そして最も馴染んだ得物が、彼の右手で鈍く光っていた。
「行きますよっ、リードっ」
「はいっ」
惨状もそのままに、ふたりは村をあとにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます