第125話 命約 4
「もう…暗くなりますね?」
今夜、ウレイアがしようとしていることを感じとって、トリィアはやや緊張している様子だった。
そろそろ教会の扉も閉まる頃だろう。ウレイアは俯瞰での『監視』に切り替えて、街に向かって来るすべての者を見ていた。
「まさかもう、テーミスは戻って来ないのでしょうか?わたしを…私を操って…お姉様を襲わせたから反撃を警戒していても不思議ではないですよね?」
まともな者ならそうかもしれない。でもテーミスのあの不可解な行動にもちゃんと動機があったであろうし、ウレイアにも何となく思うところがあった。
「テーミスは戻って来るわよ。もし、私の自惚れでなければ、テーミスは私にあなたを殺させようとしたんじゃないかしら?」
「ええ?でも…お姉様が私を…仲間を殺すなんて思うでしょうか?」
「おそらく…彼女が築いてきたのは絶対的な縦の関係、従う者には抱擁を…歯向かう者には死を与えてきたのでしょう。私も同じようにあなたを扱っているならば、あなたが私に噛みつこうとすれば処分するに違いないと、思ったかもね?」
「はあ?いえいえ、さっぱり分かりません。それに自分が操って差し向けたんですよ?それが知られれば逆に怒りを煽るだけじゃないですか?」
そう、あまりにも短絡的で子供じみた考えなのだが
「まあ、結果的にあなたは無事でテーミスの目論見も露呈してしまったけれど、たとえそうなってもあなたよりも自分が優秀である証明が出来る…とでも思っていた…とか?私にも理解できないけれど…」
トリィアの頭の上にもクエスチョンマークが浮いている。
「んん?仲間として有能…である証明?あるいは私の後がまを狙って?んん…?ならテーミスはお姉様に従うつもりだったとか?いや違うか…何ですかこれっ?テーミスは何をお姉様に望んでいるのですか?」
『自惚れた』ウレイアが思い当たるのは
「自分を慰めてくれる母親…」
「!」
トリィアはぎょっとした。
「テーミスは得意の『言葉』で私を無理に従わせようとはしなかったし、そして私達の同族の有り様を少なからず知っている節もあった。それを教えたのは今まで従わせてきた同族では無く、見守り育ててくれた存在がいたんじゃないかしら?」
「まさかっ?それって…」
「まさか、よね?また私の考えすぎかしらね?でもそう考えると、色々と説明ができる気がして…」
目覚めたばかりの無垢な『天使』を『同族』が育てる。巡り合わせさえあればそんなこともあり得るかもしれない。そして両方の思想、価値観を併せ持つことになった。
それは今までの観察で得た、
隠された『天使』の存在と、
自分達を敵視しないことと、
神の国と神の民の発想、
そして、ウレイアを必要とした理由。
それらは全てある者の存在をテーミスの背後に感じさせる。
テーミス……『天使』の母としての『同族』の存在を。
「たしかに…そう考えると……あっ!それですっ!この間掴みかけて消えてしまったものの正体はっ。でも、だとすると黒幕は同族ということに…」
そう結論付けるのは当然だが
「でもその黒幕はもういない…」
「え?」
「だって、そうでなければ私を必要とはしないでしょう?」
「あっ、そうか!」
「テーミスは私を代理母に据えようとしているような…とは言えまあ、だから私の自惚れでなければだけど……」
トリィアは勢い立ち上がると握り拳を作ってわなないて見せる。
「なんて…なんて不遜きわまりない…やはりテーミスは私がこの手で葬りますっ。お姉様には指一本触れさせません!」
トリィアはもしかしたらテーミスに少しでも同情するかもしれない。そんな心配もしていたが、どうやらウレイアの杞憂だったようだ。
「早く戻ってきなさい、テーミスっ」
尚のこと対抗心を燃やしてテーミスを探そうと、トリィアは『監視』の目を飛ばそうとした。
「っ?、???っ?。あ…れ……?」
急にトリィアが眉間にしわを寄せて目を細めた。
「どうしたの、トリィア?」
「ええ、と…」
かと思うと、ペンダントから石をはずそうとしているのか、両の手のひらを広げたまま、まんじりとも動かなくなった。
そして、すぐに不安な気持ちが顔いっぱいになったかと思うと
「お…お姉様?わたし…力の使い方が分からなくなって、しまいました……」
「?、えっ?どういうことっ…?」
トリィアが今にも泣き出しそうな顔になって、動揺があふれだす。
「な、なんで……?ええ、と…」
しかしウレイアには信じられない、
「うそでしょうっ?だってさっきは…」
さっきはむしろトリィアの力が増したように感じていたのに。いや、今でも間違いなく強くなったトリィアの力を感じている。
「いいえっ、自分でも分かるはずよトリィア。あなたの力は更に成長したはず…私にはそう感じるもの」
「………?」
そうであってほしい…これは多分、一時的な能力の麻痺に違いない。トリィアにとっては、それほどにウレイアに殺意を向けたことがショックだったに違いない。
「トリィア、大丈夫よ……今は何も考えないで」
「いえ、でもっ…これでは…これじゃあ私にできることが何もありませんっ」
それでも、ウレイアはトリィアが悲観するような顔は見せない。
「それなら待ちましょう…またゼロからでもいいじゃない?また少しずつ育てましょう?それもまた、楽しそうでしょう?」
トリィアは何も言わず悔しそうな顔を隠してうつむいた。
「たとえ、力が無くなってしまうとしても…今回のことだけはちゃんと終わらせたかったんです…」
「何も無くなってはいないわよ。今はあなたの心が戸惑っているだけ……それにこの件にもちゃんと決着をつけましょう、だけど…」
もうトリィアをエルセーのところに向かわせるわけにもいかない、それは危険すぎる。それにトリィアは『権利』を主張した。
「とても気持ちの整理などつかないでしょう…でも、あなたの心の中に闘争のほむらが燻っているならば…いいえ、そうするべき理由があなたの中にあるのなら…今そんな状態であっても、私と一緒に教会に行く?」
それは何も武器を持たずに猛獣の前に立つことを意味している。
力による『監視』の目も、偽装による目くらましも、集中による時間の延長や増した筋力も、そして今までみがいてきたあらゆる攻撃や防御手段もその手には無い。
「理由…私が頑張れる理由はひとつです、お姉様の横に並び立つこと……ついでにテーミスには『ひと言』言ってやりたい!そして共に行くのかと聞かれれば…許してもらえるなら、もちろん行きますっ」
強い意志を感じさせる目を見て、ウレイアはうなずいた。
「そう…ならばよく聞いて…」
ウレイアはトリィアの前に小袋を差し出した。
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