第124話 命約 3

 エルセーはボーデヨールからほど近い農村に潜り込んで…いや、堂々と乗り込んで、一番大きな地主の家で歓待を受けていた。


 一体どういうことなのか、何故か家主はヤケにかしこまってエルセーに酒を振る舞っている。


「いやー、かの誉高いグリーブ家のお身内の方におこしいただけるとは…」


 もちろんエルセーは見た目を変える偽装をしている。リードも顔をさらしているため、そちらの面倒もみながら。


「いいえぇ、身内とは言ってもあまりに遠縁で、本家とも互いに顔もよく知らない程度のつきあいでしたが、故あって両親に…ボーデヨールのそばに、まあ小ぶりな別荘でもプレゼントしようかということになりまして…」


「なるほど……引退されたあとのお住まいですか?」


「そういうことに…なるかもしれないですねえ。まあ、どのみち両親が亡くなったら屋敷ごと返納することになりますが…」


 家主は腕を組んで神妙な顔をする。


「でしょうねえ…ボーデヨール周辺は確かにグリーブ公爵家が管理、主宰をされておりますが…」


「まあ、国に少し余計に税を納めるというか、とても小さな貸しでもつくっておこうかと…」


 ハルムスタッドの事情通を武器に嘘八百を並べたてるエルセーだが、有りそうであってもこんな荒唐無稽な話が通るのは、彼女達の力があってのことだ。


 それでもほとんどエルセーは『強制』することなく自分の目的に相手を誘導していく。


 しかし、そもそも人間相手に話をでっち上げ、小芝居をしてまでわざわざ信用させることに意味は無い。彼女達であれば、ただ命令するだけで相手は信用し、目的はかなうからだ。なのにエルセーは手間をかける。


 なぜならそれは、エルセーの趣味でもあるからだ。


「そんなことで見て回っていたら、この村から見える小高い丘が目についたんですよ?」


「それはお目が高い」


「それでね…もしあそこに屋敷を造る許可が得られて、両親がいくらかでも過ごすようになれば、こちらの方たちには特にお世話になると思いますので…まあ、そのお願いとお礼などのご相談をさせていただきたいと思いましてねぇ?」


 その言葉に家主の目の色が明らかに変わった。そして筋道が通っている話と納得しているところに甘い言葉を囁かれた時、人はいとも簡単に落ちる。


「いいえっ、お礼などとんでもない。グリーブ家の皆さまのお役に立てるだけでも光栄なことです。精一杯お世話させていただきますので、ぜひあの丘にお決めになって下さい」


「そうですねえ…もう少しこの辺りをよく見せてもらうつもりですが………ところで、この村に宿屋などはあるのかしら?」


 しめたっ、などと家主は思うが、それこそがエルセーの目的である。欲で曇った頭ではこんな不自然な問いを疑いもしない。


「それでしたら是非とも我が家にご逗留下さいっ」


 エルセーはこんなゲームが好物である。目的の大きさに関わらず、決めたゴールに到達することを楽しんでいる。そんなこんなで2人は良い部屋を与えられた。


 でもエルセーができるのはここまで……いまだ不本意ながらウレイアの連絡を待っている間は、とくにやるべきことも無かった。


「さてと…暇ねえ……………ちょっと覗きに行く?」


 さすがにリードは首を横に振ってこれをたしなめた。


「エルセー様…」


「分かっています。解っていますよ…」


 エルセーはつまらなそうに部屋を眺めていた。どうせすぐに忍耐が切れると、自由に動き出すに決まっているが……


 でもウレイアが何かをお願いした時、エルセーは決して彼女の意に反する結果を招くような行動はしない。やり方は違っても必ず良い結果をもって、得意気な顔をウレイアに見せる。


 それはエルセーにたいする絶対な信頼となっているし、ウレイアはそれをエルセーの親心だと思って、ありがとうといつも心の中で呟いていた。






 ウレイアは無駄かもしれないが、より抜け目の無いように監視を行いながら、夜が来るのを待っていた。


(今夜中に決着をつける……)


 テーミスがトリィアに手を出したせいで、忍耐が限界に来ていたのは実はウレイアの方だった。今は暴走してしまいそうな自分を必死に抑えている。


「お姉様、テーミスは?」


「ううん、どうやらまだ戻っていないようだけど…あなたが捕まった時はテーミスが近づいても気が付かなかったのでしょう?」


 トリィアはうつむいた。


「はい…」


「つまり存在をごまかす手段を持っているということね?」


(まあ、そのカラクリも何となく、ね…)


 すっかり教会に攻め込む準備を終えて、それと同時にエルセーがテーミスを引きつれて来ることにも期待していた。





 既に日も傾き始めた頃、テーミスは日当たりは良いが、ひと気の無い寂しげな林の中にいた。


 彼女は薄っすらと微笑みを浮かべながら目を閉じて、傍らの石の上にじっと座ったまま動かない。その彼女の前には、高さが胸程の一本の真白な大理石の石柱が立っている。


 何も記されていないただの石柱を前に、テーミスは何かを反芻して静かに思いふけっているように見えた。


 そしてその頰にひと筋の涙が流れると、気づいたテーミスは不思議そうな顔をしてその涙を指ですくった。


 そして、その夜はやって来る……


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