第123話 命約 2

 まだ街には戻らずに何処かへ向かって揺れる馬車の中で、テーミスは愉悦に浸っていた。


 「ふふふ…今頃トリーは…どうなってしまったかしら…?ようやく…見つけたのだもの…信じられるのは私だけだと…姉さんに教えてあげないと………」


 すると一緒に乗っていた女が相づちのように答える。


「そうですね、テーミス様の素晴らしさを知れば、きっと考えを改めるでしょう」


 その言葉にテーミスは眉をひそめる。今まではそんなことは無かったのに何故か女の言葉がテーミスを苛つかせる。


 いつの間にか、テーミスは禍々しい空気をまとう姿がすっかり似合うようになっていた。


「まだ…少し遠いけど…ここからは歩いて行って……私は…」


 テーミスは口籠って話すことをやめるが、女はにっこりと笑っていた。






 ウレイアと命約を結んだあとのトリィアは、物静かにベッドに座ったまま、外をぼんやりと眺めたままだった。


 しかしそうは言ってもふさぎ込んでいる様子では無く、何かにさいなまれている様子でも無い。妙に落ち着いているというか、悠々たる姿と言えば良いのか……?それにウレイアの気のせいで無ければ急にトリィアの存在感が増したような気がした。


「………トリィア?」


「はい?」


(っ!…この子………っ)


 その穏やかな目は今までとは違う明らかに強い『力』が…


「大丈夫?何か変に感じることはない?」


「いいえ?大丈夫です。!、わたしっ、何か変ですかっ?」


 そしてまた、いつものトリィアに戻る。


「いいえ、あんなことの後だから……」


「ご心配、ありがとうございます。大丈夫!まだ少し…気落ちしているかもしれませんが、私は元気ですよ?」


「!!」


 トリィアは、ウレイアが気圧されるような微笑みを見せた。


「そ、そう…?なら、あなたに…エルセーのことを聞かなければならないのだけど…」


「あっ!」


 驚いてもあくまで淑やかに、軽く口に手を当てるとすぐに報告を始めた。何かを得て肝が据わったような…それが一番言い得ているだろうか?確かに彼女には今までとは違う何かが備わっていた。


「すいません…大切なことなのに。大丈夫です、大お姉様とは無事にお会いできました」


「そう、ちゃんと言うことを聞いてくれた?」


「いえー…あははーっ、すごくご不満そうでしたー」


 トリィアにはとんだ貧乏くじを引かせてしまったようだ。何しろエルセーがぐずることは想像に難くなかったからだ。


「でしょうね、ごめんなさいねトリィア」


「いーえっ、もちろんご褒美にはおよびますよ?!もしもお姉様が言いに行っていたら大惨事になっていたかもしれませんから?」


「ふふ、そうねっ。ああ、それで?」


 でも少し、その時のエルセーの顔を見てみたかった気もする。


「大お姉様は街の西側にある農村に身を潜めるとおっしゃって……、いけないっ!」


 トリィアの頭によぎったのはエルセーの居所がテーミスに知られているかもしれないこと。


「お姉様っ、早く大お姉様の所にっ」


 それは既にウレイアも気づいていたが


「あなたはテーミスについて知り得たことを全てエルセーに話したのでしょう?」


「え?ええ…はい」


「なら、大丈夫よ…」


 ウレイアは気にも止めていない様子で軽く答える。


 いや、どうせならエルセーをテーミスが訪れてくれれば仕込みをする手間がはぶけるというものだとさえ思う。


「大丈夫…?いえいえいえっ、あのテーミスに対しては…」


 心配しているトリィアを見てウレイアはにやりとほくそ笑んだ。


「ふふふ、たとえばテーミスが手に余るようなら、エルセーはどうすると思う?」


「ええと?…どうするんです?」


「エルセーは…テーミスをいなし、すかし、逆撫でしながら私の元まで誘い込んでくれるでしょうね……」


 そんな様子を想像するのがウレイアは楽しくてしょうがなかった。


「元々、あの人がお膳立てをして、私が蹂躙する……気づけば、そんなことをずっとやってきた……ふふ…私はテーミスの為に最高の舞台を造ってあげる。そしてトリィア?あなたに最高のショーを見せてあげるわ。あっでもダメねえ……テーミスを屠るべきなのはあなただものねえ……?」


 チリチリとくすぶり内を焦がす熱がたまらず息を吐いたようにウレイアの口から漏れだした。それだけで部屋の熱さが増したように感じてトリィアも勝手に口が呟いてしまう。


「荒ぶる女神…ウレイア……」


「ん?」


「ああっ、いえ、すいません」


 手をはたはたと振って思わず呼んだ女神の名前をはぐらかした。


「そう……エルセーに聞いたのね?」


「う…は、はい…」


「そう…でも不思議よね?エルセーの見る目が確かだったのか、私が自覚も無く意識してきたのか…」


 太古の忘れ去られた大地の女神、ウレイアの気性の烈しさは、その慈悲深さゆえだと言われていた。


 ただ本人はそうであろうとしたわけでも無く、そう呼ばれる資格があるのかも分からないが、いつの間にか『ウレイア』という言葉は自分と溶け合い、混じり合って、分かつことのできない名前となった。


「きっと…お姉様はその名を与えられた時から女神ウレイアの加護を受けていたんですね?」


 人が創り上げた神話にすぎないと知りながらも、真剣にそんなことを言われると、ウレイアもつい真面目に受け取ってしまいそうになる自分が可笑しく思えた。


「うーん…まあ、お伽話だけどね…」


「いいえ、名付けた大お姉様の想いは本物ですから。それに…お伽話でも沢山の人の願いから生まれた女神ウレイアはたしかに存在すると、私は思います…今、私の目の前にも…」


「わたし…?わ、私はただの……」


 『ただ』のウレイア………


 そうトリィアに答えるつもりだった言葉を飲みこんだ。この娘が自分を女神と言ってくれたように、この娘もまた、ウレイアにとってはただのトリィアでは無いからだ。


 微笑むトリィアの頭にぽんと手を乗せて、ウレイアはうそぶく様に言った。


「では…女神ウレイアの加護をあなたに…」

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