第108話 天使のかお 5

「うん…ふふ、私の夢はねぇ……神さまがお創りになったこの美しい世界に相応しい……美しい住民達で世界を創ることなの…」


「美しい…住民達で?」


「そう…お姉さんみたいな……」


 人を煙に巻いて楽しんでいるのか?しかし聞いていた天使の生い立ちから想像できるように、人を騙そうとしているようには感じなかった。


「なら、なぜ魔女を狩るの?当然魔女を忌まわしい害獣とでも思っているのでしょうけれど、私もその魔女のひとりよ?」


「それは……悲しい誤解だと思う…他に言葉を知らないから魔女って呼ぶけど…たしかにこの世界を汚している魔女はいるし…話も聞いてもらえない……けどね?それは魔女が悪いんじゃ無くて…運命のせいなの。魔女を嫌う人間の方が余程…野蛮で薄汚い存在……だから魔女の方が私は好き…純粋で……嘘の無い存在だから」


「え?」


「なにより私達は姉妹なのよ?お姉さん……共に神様に力を分け与えられた…許された数少ない存在なのよっ……?」


(!、まさかっこの子っ?)


「その証拠に魔女の中には心の美しい人もたくさんいるの……そういう人は、とてもいい匂いがするのっ」


「あ、あなたの言っている『匂い』というのは…」


 少し興奮して語っていた人形はうっすらと微笑むと、


「んー…こころのにおい?……存在のにおい?魂のにおい?お姉さんは特別にいいにおい…!ねえ…私の匂いも嗅いでみて……?」


「な?悪いけど…私には分からないわ」


「そう…」


 呟いて、そして残念そうに落ち込んだ。


 言いたいことは分かる。それを肌で感じることはあるし、それがこの子の能力だとしても、やはり偏狭的な感覚だとしか思えない。


「あなたは一体何をしたいの?それに、何の答えになっているの?」


「だからね……話を聞いてくれた人にはお願いをしているの…私の夢の…お手伝いをしてって……人間達には魔女は倒せないでしょう……?話をしてくれそうな姉妹を見つけたら…ここへ来るように頼んで欲しいって……そんな話も出来ないような相手なら…いらないから殺してあげてって……」


(それが……エキドナが生かされた理由?もしかしたらテーミスの炎に巻き込まれて死んだという神兵はエキドナを助ける為に殺したんじゃ……?)


「あなた……いつもこんなに丁寧な話をしているの?その、話しができそうな相手には……」


「ううん…毎回違うから……お姉さんは特別?やっぱりちゃんと話を聞いてくれているし…でも…どうしても殺さなきゃならなくなる時もあるし…いやだけど力ずくで言うことを聞かせる時もあるし…」


「力ずく?」


「ふふ…私にはねぇ…神様さまに頂いた言葉の力があるの……『神言』って呼んでるの……神言を使うとみんな言うことをきいてくれるけど…」


 それはウレイア達も当然のように使っている強制力のことだろう、しかし今まで同族と相対してきた中で気付いていないのなら……気づかないほどの力の差があるというのだろうか?


「神さまがお創りになった世界に醜い者は要らないの……人間は必要だけどもっと間引かなきゃ……何も生み出さない者や心の澱んだ臭い者…特に教会は酷いのっ…彼らの悪臭には耐えられない…神さまを利用してお金を集めることしか考えていない……いつか綺麗にさらって教会を浄めないと」


「!?」


「そしてね…ふふ…いつか私達…姉妹だけの…神の民だけの国を創るのっ……清らかで高潔な美しい国…私達の夢の国…私はそこで暮らしたいのっ」


 胸に両手を当てて、感極まった表情でそんな世界を想像している。無表情だった人形の目がきらきらと潤んで光っていた。


「あ………」


 ウレイアは言葉を失った。


 現実的でも無いし、理由もかたちも違う、でも、でも自分達の厄災と言われていたこの天使が夢見ている世界は、結果的にはウレイアと近いものに思えた。


(いいえ、近いように見えても全く違う。でも…こんな考えに至るなんて、やはりどう考えてもおかしい。この子はもしかしたら……)


「だから…ねえ?私にお姉さんの力を貸してくれる?ううん…お姉さんなら横にいてくれるだけでもいい……だってお姉さんは……」


 言いかけて、それまでの感情を押し殺すように飲み込んだ。


「?、わたしが、なに?」


「あ…ううん……お姉さんは特別だから…だって…仲間と一緒に来たのはお姉さんだけだもの……そんな人はお姉さんだけだもの…そんな人を待っていたの…だからお願いしてるの…」


「………」


 訴えるようにウレイアを見ていた人形は目をそらしてうつむいた。


「できれば……無理に従わせたり…殺したりしたくないの」


「それは脅迫かしら?」


「ちがう…っ!でも…言うことを聞いてくれないと…」


「とにかくっ、あなたの夢の邪魔もしないし、こちらが何も仕掛けなければ私達に危害を加えるつもりは無いということ?」


 彼女はまたうつむいた。


「ん…ええと……」


「あなたに従わなければ敵とみなされるの?そんな単純で極端な結果だけを望むの?」


「でも…」


「特別な私でも考える時間は貰えないの?」


「え?………いいよ…でも必ず『うん』と言って…そして私を手伝って」


 時間を与えても答えは一択を迫る。どうしようもなくわがままなようだ。そしてどうしようもなく危険だ。


「私はテーミス・カークランド…お姉さんは?」


「私は…アデラ」


「ふふ…いいよ……本当の名前はこの次で……その時は姉妹として名乗ってくれるんだもの……この出逢いは神の思し召し…そして……〝私と一緒に歩いて行く、それがアデラお姉さんの運命だものっ!〟」


「!!!」


 その言葉がウレイアの頭の深いところに響いた。


 一瞬捕われそうになるが、偽名で呼ばれたことと、強い否定の意思で頭の中から弾き出す。


「あれ……?やっぱりお姉さんは特別…神言を使うと皆んなお人形になってしまうのに…………でも…言うことを聞いてくれないなら次は手加減しないから…」


 鳥肌で全身が総毛立ち、ずっと昔に置いて忘れていた冷たい汗が身体芯を冷やした。


(本当にっっ、つよいじゃないの…っ!強制はしないと言っておいて……試したつもりかしら?)


 ウレイアは心の中で舌打ちをすると、唇を噛んだ。やはり、今決着を着けておくべきだ。


「ごめんなさい…でもあなた達は自分より強い者におもねったり…巻かれたりするでしょう?」


「だから私に『ちから』を見せつけたの?それで自分の方が強いことを証明したつもりかしら?それは……私に対しては全くの逆効果ねっ!」


 バギッ!ギンッ!!激しい音と共にウレイアは身うごきもせずに、ひと息でドアの外枠に沿って壁を斬り飛ばした。


「えっ?」


 しかしその結果にウレイアはとまどった。それだけのことが起きた。


「すごーいっ!」


 しかもこのパフォーマンスはテーミスを逆に喜ばせただけのようだ。むしろ慌てたのは見張りをしていた神兵の方だった。


「テーミス様っ!」


 覗き込む神兵を見るとテーミスは途端に豹変した。


「誰の許しを得てこの聖域を覗き込んでいるのですかっ?〝下がりなさいっ!〟」


「!、お赦しをっ」


 兵士は弾かれるように身を引きながら、テーミスに赦しを乞うた。


「あっ…みっともない姿を見られちゃった……でも人間に話しかけられるとつい苛ついてしまって…」


(ず、随分と歪んでしまっているのね。それにしても、なぜ今私は…?)


「そ…それじゃあね、テーミス…帰りは少し寒いかもしれないけど」


「お姉さんっ…やっぱり…お姉さんことは諦めないから……それに…私のこと…本当は好きでしょう?」


 ただ語るだけでも当然力の影響力はある。かたれば語っただけ相手を誘導することができるが、それを知らずに行っていたとしても、やはり性根の小賢しさを不快に感じるだけだった。


(それが精一杯の訴えなのかもしれないけどね……)


「だけど…あまり待たせないでね?」


 ウレイアはその言葉を振り切るように切り抜いた壁から馬車を出た。いや、逃げ出した。

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